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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
四章 少女と少年の自身語り
30/37

【5】


「え?」


 さらり、と言われた情報に、私は瞬時に理解できなかった。危険? 誰が? 何が? 男の子? ――男の子? それがいったい誰のことを言っているのかわからなかった。そんな疑問が浮かんでも、直感で私は答えを出していた。それはきっと綾人くんのことだ。だって私が最近気にかけている男の子は綾人くんしかいないから。


『名前は知らないけれど、その男の子、今日の夜、山の中で男と対決するらしい。ただの人間の男ならまだしも、その男には子供の霊が憑りついている』

「……え」


 ゆっくり、ゆっくり、私はその言葉を反芻していった。

 男の子は、綾人くんのことで。男とは誰だろう? けれど、対決? 対決って、なに? しかも、その男には、子供の霊が憑りついている?


「ごめん、何が何だか、わからない」

『え。……あぁ、そっか。琴音は知らないんだね』


 カラスさんは、その黒いくちばしを開いた。

 綾人くんは、今、とても危険な状況だと、初めに言った。数日前から、過去に綾人くんによって利用された人間が、復讐目的で綾人くんに近づいているということ。そのせいで私が狙われていたこと。そして、綾人くんは過去を清算するために、復讐心に燃える男と決着をつけようとしていること。それだけなら、わかる。でも、その男には、なぜかふゆくんが憑りついていて、暴走状態に陥り、何をしでかすかわからないらしかった。


『その男に子供の霊が憑りついたのは、おそらく、男が学校前をうろうろしていたからだろうな。その強い感情に引っ張られて、憑りついたのかもしれない』

「男がうろうろ?」


 そう言われてみれば、一時期、不審な男が学校前を徘徊していると持ちきりだった。女ではなく、男に声をかける変質者とも言っていた。ということは。


「もしかして、綾人くんを待ち伏せていたの?」

『そうかもね。あと、琴音にも身に覚えがあるはずだよ?』

「え?」

『琴音、追いかけられてただろう?』

「え、……あ!」


 思い出した。火曜日に一人で帰っていたら、誰かにつけまわされていたことに気付いた。それで、逃げ回っている最中に、綾人くんが男子たちに集団で蹴られているのを見て、思わずそちらへと駆けだしてしまい、おかげで男を撒けたのだ。すっかりと、忘れていました。


「もしかして? その人が、綾人くんを狙っているの?」

『そうだよ』

「はぁー……」


 もし、私がその男の人を確保できていたのなら、こんなことにはならなかったのかもしれない。そのことを今となっては悔やむけれど、その時に男を捕まえていたら、綾人くんが暴力を振られ続けて大怪我をしていた可能性だってあった。どちらがいいと言われたら、綾人くんが怪我をしない方がいいに決まっている。でも、今、綾人くんはさらなる危機を迎えている。どっちに転んでも綾人くんが危険な目に遭うじゃないか! どうしろというの!


「綾人くんは? 大丈夫なの?」

『男の子は、対決する気だよ』

「あ、危ないよ! 綾人くんだって、ふゆくんが憑りついた人間が暴走する危険さがわかっているはずなのに」

『でも、それを望んだのは、あの男の子だ』

「早く、助けに行かないと……!」


 そう口にしてから、体がぴたり、と止まる。あまりの静止っぷりに、カラスさんが小首を傾げた。


『どうしたの?』

「……ううん」


 助けたい。

 この気持ちもまた自己満足なのかな?

 綾人くんが危険だとわかっている。わかっているからこそ、助けたときの、満足感がとてつもなく大きいものなのかもしれなかった。だからこそ、その満足感が欲しくて私は無意識に動こうとしているのかもしれない。そう思ってしまうと、動くに動けなかった。


『さっきから、黙ってどうしたの?』


 カラスさんが電線から、窓際へと降りてきた。くちばしを窓枠にこすりつける。それを見て、私はカラスさんに詰め寄った。


「私、今日、すごいことに気付いたんです」


 詰め寄った私に、カラスさんのくちばしが向けられる。


『へぇ、どんなすごいこと?』

「私……実は」

『実は?』

「自己満足で、人助けをしていたんです」

『……』

「……」


 落ちる沈黙。カラスさんの目がきょとり、と瞬く。その沈黙がいたたまれなくて、身が縮こまる思いだった。


『琴音は、自己満足のために動いていたの?』

「うん、そうみたい」

『どうして、それがわかったの?』

「……困っている人を見かけて、それで、なんか嬉しくなっちゃって……。それに友達の指摘もあったから」


 カラスさんは何も言わない。くちばしで羽を掻いて、また、私へと向く。


『自己満足っていうのはさ、ようは自分が満たされればそれでいいものなんだ。相手がどうなろうとね。琴音はどうだった? 相手のことを考えていた?』

「……それを言われると」


 そう考えると、私は相手のことを考えずに動いていた方が多い。困っている人間がいたら無理やり首を突っ込んで助けて、それに、綾人くんのことも助けたいと付きまとっていたくらいだから。


『そうなんだ。自己満足かもね』


 カラスさんはあっけらかんという。


「カラスさん、冷たい……」


 泣きたい気分でいると、カラスさんが『何を言っているのさ』と、あきれたようにくちばしを開いた。


『琴音はとても優しい子だよ。確かに今までは自分を満足させるためだけの行動だったかもしれない』

「……」

『気づくことが大事なんだ。気づけば、ほら、周囲に目を向けられるだろう?』

「……」

『それと琴音の「人を助けたい」――その行動理念は、自己満足であると理解していながらも、それでも「助けたい」と思っている――それが本当の琴音だよ。その君自身を、ちゃんと見ている人だっているはずだよ』

「……」

『自己満足のためなら、「人助け」じゃなくてもいいんだ。もっと、どうすれば簡単にズルく欲求を満たせるかどうか、本当の自己満足な人間はそう考えるよ』

「……」

『誰かのために、何かをしたい――それが思いやりさ』

「……」

『琴音はつねに人の役に立ちたいと思っている。たとえ、それがどこから起因するものでも、その思いを、誇っていいと思うよ』


 サラリ、とほめられて、私は何だか気恥ずかしくなった。でも、そう言ってもらえば、私の進むべき道がわかる。

 ――人を助けたい気持ち。

 それが本当の私。それが例え、自己満足でも。うん、そう。私は、助けたい。


『それで琴音はどうしたいの?』

「私、綾人くんを助けたい!」


 その言葉にカラスさんはくちばしを開いた。


『いいんじゃないかな? それと、琴音はあの男の子にありがとうを伝えるべきかもね』

「え」

『さっきも言ったけれど、あの男の子は、ずっと君を守っていたよ。男は琴音を人質にして、男の子に復讐しようとしていたらしい。そのことがわかって、影ながら君を守っていたよ。それで、何もかも終わらせるために男と戦うって』

「綾人くんが、私を……?」


 綾人くんが私を守っていた?

 もし、それが本当であるなら、綾人くんは馬鹿だと思う。何で自分の身を危険にさらしてまで私を助けてくれようとするのだろうか。綾人くんが今一番、危ないというのに。


「綾人くんの馬鹿! だって、私は半分妖狐だよ!? そこら辺の人には負けないよ! それを綾人くんだってわかっているはずなのに、どうして、そんな危険なことを!」

『琴音を、守りたかったんだよ』

「……っ」


 綾人くんは、やっぱり優しい。人に対して恐怖を抱きながらも、こうして、人の心配をしてくれている。


「馬鹿は、私だ……」


 彼は私を助けようとしてくれたんだ。私はそれに気づかないで――今、考えてみれば、彼の様子がおかしかったことにも気づいていたはずなのに、どうして、私は自分のことばかり考えていたのか。

 彼は自分の過去に決着をつけようとしている。たとえ、自分が傷ついても。

あぁ、そうか。今さらに気づく。どうして彼は自分が傷ついても平気なんだろうと思った。違う。傷ついて平気な人なんて誰もいない。彼はきっと、傷つくことに慣れているんだ。だから、こうして自分の身が危険でも、相手のことを考え、危険があれば突き放す。


「綾人くんも、自己満足じゃんか」


 私たちは、間違いだらけだ。

 誰かが傷つけば、誰かもまた傷つく。それは周囲であり、自分であっても。そのことに、私たちは気付かないでいた。

 それなら、どうすればいいんだろうか?


「私は、綾人くんを助けるよ」


 ――誰も傷つかない未来へと導けばいいんだ。言葉で言うのは簡単だけれど、それでも、誰もが傷つかない最善の未来があるというのなら、私は――……。


『答えは決まった?』


 カラスさんの言葉に私は頷く。

 青空は夕空へと変わっていこうとしていた。もうすぐ、祭りが始まろうとしている。


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