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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
一章 少女と少年の出会い語り
3/37

【2】

 私は南校舎の一階へと駆け下りて、南校舎と中央校舎をつなぐ渡り廊下へと飛び出た。

 早く、彼に会いたい。ただ、それだけを思って。でも、


「あー、困ったなぁ」


 本当に困っていそうな声に、私の足がつい止まってしまう。

 早く彼に会いたい。

 でも、近くに困っている人がいる。

 その二つの想いが天秤に乗せられて、ふらりふらりと傾いて。


「どうしたの? 何かあった?」


 私はつい、声をかけてしまっていた。そこにいたのは二人組の生徒だった。男子生徒二人組。男子生徒は困り顔で、私へと振り返った。見たことがない顔。もしかして、先輩? もしくは理系コースの生徒たちかな?


「えーと、君は……?」

「私は、明日山琴音。よろしくね!」


 その紹介に、男子生徒の顔が固まる。え、何で? 二人組の男子は顔を突き合わせると、こそこそと内緒話を始めた。本当に、何? 目の前で内緒話をされるとすごい気になる。私は聞き耳を立てようとして、は、と思い出した。

 あの男の子のところに行かなくちゃ。早くしないとあの男の子がどこかに行ってしまうかもしれない。それに、授業が始まって、先生にさらに怒られちゃう。

 男子生徒はまだこそこそと話し合っていた。時間がないのに。

 私はきょろ、と周囲を見渡す。彼らが何を困っているのかは知らないけど、こうして立ち止まっていたんだから、きっと、この場所に何かがあるのかもしれなかった。私はきょろきょろと周囲を見渡して、すん、と空気の匂いを嗅いでみる。

 うーん。何もなさそう……ん?

 私は渡り廊下を少し戻ってみた。戻って戻って、辿りついたのは東校舎から渡り廊下の出入り口。その付近に丸くて黒い小銭入れ専用のお財布が落ちていた。

 うん、これだ。

 私はそのお財布を取ると、男子生徒の元へと行く。走り寄ってきた私に、男子生徒たちがぎょ、と目を見開いた。どうして、そんな顔をするかな?


「はい!」


 私はそのお財布を男子生徒に差し出す。


「あ、探してた財布!」

「え、どうして……?」


 呆気にとられる男子生徒二人組。「どうやって見つけたの?」という視線に、私は笑った。


「見つかって良かったね! あまりおしゃべりに夢中になってると落っことしちゃうよ?」


 どうやって見つけたか? それは企業秘密なのです。それを口にしてしまうと、私はここにはいられないからね。

 男子生徒二人組は「ありがとう」と戸惑い気味に頭を下げて、さっさとどこへと行ってしまう。ま、いいけど。


「あ、そうだった!」


 早く行かないと、彼がどこかへと行ってしまう! ポケットからスマホを取り出して時間を確認すれば、あ、やばい。あと少しで授業が始まる。

 先生に怒られるかも? うん、でも、少しくらいなら大丈夫だよね。まぁ、いっか!

 よし、あの男の子のところへと行こう! 顔色が悪かったから、今、すごい辛いかもしれない。無理して笑っているのかもしれなかった。

 彼を助けてあげたい。

 その思いのままに、私は駆けだす。


「おい、今の……」

「あぁ、文系コース2―B明日山琴音、だろ?」

「おれ、初めて見た」

「オレも」

「でもよかったな。トラブルが起きなくて」

「あぁ。何しろ、明日山琴音が動けば、トラブルが起こるって噂だもんな」

「でも、どうしておれが財布を落としたってわかったんだ?」

「それに、どうやって見つけたんだ?」

「「……」」

「「わからん」」


 ……助けた男子生徒がそんな内緒話をしているのを知らずに、私は渡り廊下を走りぬけて中央の校舎へと着く。

 中央校舎の一階にある食堂、購買は賑わっていた。新入生たちが興味津々といった様子で食堂内を見渡している風景はとても初々しい。可愛いね。でも、そこにはあの男の子の姿はなかった。


「……いない」


 とても――ううん、思った以上に残念だった。呆然と立ち尽くす私に、近くにいた新入生の男の子や女の子に何事かと遠巻きに見られてしまう。うーん。このままここにいると、目立っちゃうなぁ。

 私はとりあえず食堂から出る。

 あの男の子の顔色も気になるけど、いないし。もう時間もないし。


「ま、いっか! 探そうと思えば、いつでも見つけられるしね」


 それに体調が悪化すれば、周囲にいる人たちが気付くはず。彼だって保健室に行くはずだ。

 そう自己完結させて、教室へと戻ることにした。時間がないから少しだけ早歩き気味に、西校舎に伸びる渡り廊下を抜けて――抜けようとして。ぴたり、と足が止まった。

 何か聞こえた気がした。耳を澄まして、声のする方へと少し近づいてみた。その声は西校舎裏から聞こえてくる。時間がないんだけどなぁ、なんて胸中でぼやきながら、でも、その〝声〟はとても不穏な色が浮かんでいたから、見過ごせない。


『ねね、あっちでいじめが起きてるよ!』


 不意に私の背後で幼い男の子の声が聞こえた。私は振り返らずに、


「ふゆくん、静かに! 聞こえちゃう!」

『聞こえないと思うけどねー!』


 くすくす、ふゆくんはおかしそうに笑って、私の後ろにいた気配がす、といなくなる。

 おそらくふゆくんの言うとおり、いじめが起きているはず。だって、声が「いいから金を出せよ」なーんて、いかにも不良です、みたいな声が聞こえたから。

 私はゆっくりと裏へと向かい、そ、と陰からその現場を見ようとした。

 そこには眼鏡をかけた少しだけ気が弱そうな男子生徒と、男子生徒の胸ぐらを掴んでいるもう一人の男子生徒がいて――あら、と私は思わず目を疑う。その恐喝している男子生徒は文系コースの中で飛び切り優秀だともてはやされている男子生徒だった。優等生な男子生徒が、気弱そうな男子生徒をカツアゲ? そんな馬鹿な? と疑う私の前で、


「ほら、金を出せよ? 今月、もう金がなくて困ってるんだよ」


 ――思いっきり、予想外の真実が明らかにされてしまいました。しかも、言っていることが自分勝手だし。お金がないなら、アルバイトすればいいのに。ちなみにうちの学校は、学校の許可を得れば、アルバイト可能なのです。


「早くしろよ!」


 男子生徒の手が拳を握った。そして、眼鏡の男子生徒のお腹に向かって――、


「やめなさい!」


 悪は成敗すべし! 私は駆けだして、優等生の男の子の腕を掴むと、くる、と身をひねって、思いきりその子の体を背負って、


「ぇ、わ、あぁああぁっ!!」


 校舎の窓めがけて投げ飛ばした。我ながら見事な背負い投げ。でも、パリィン! っていうガラスが砕け散る音に、私は「あ」と思わず閉口してしまう。

 やっちゃった――……。

 後悔先に立たず。


「こら、誰だ――っ!!」


 二階に先生がいたのか、身を乗り出して私たちのことを見下ろした。その先生の目が私を認めると。


「またお前か、明日山ぁぁっ!!」


 怒鳴り声に、体がびくっと跳ね上がる。え、私だけじゃないし。と、傍らを見れば気弱そうな眼鏡の男子生徒の姿はもうなくなっていて。いるのは、立ち尽くす私と、ガラスへと突っ込んで伸びている優等生くん。


「そこで待ってろ!」


 先生にそう言われれば、逃げられない。


「やっちゃたなぁ」


 お父さんにまた怒られてしまう。でも、まぁ、いっか。あの男の子は助かったんだし。ふと、私の右手の甲が真っ赤だった。血だ。気持ち悪いなぁ。おそらく優等生くんを投げ飛ばした時、飛び散ったガラスで切ったのかもしれない。私はその血をハンカチで拭った。血を拭うとそこには、無傷な手の甲があった。傷はどこにもない。

 それに小さく溜め息をついた。

 私は全身をチェックしてどこかに傷がないかを調べつつ、先生の到着を待つ。傷はどこにもなかった。

 空ではカラスさんが「何をやっているんだ」と言わんばかりに一声鳴いていた。


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