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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
四章 少女と少年の自身語り
28/37

【3】


   * * *



 私はぼう、とスマホの画面を見ていた。真っ暗な画面には、画面を凝視する私の顔しか映っていない。私は指を近づけて、軽くスマホをつついた。何の意味のない行動だけれど、気になって仕方がなかった。

 お昼休み。クラスのみんなが思い思いに行動し、教室にいるのは私しかいなかった。親友のみーちゃんも食堂へと行ってしまった。私は一人で寂しくお昼ごはんと言ったところだけれど、どうにもご飯を食べる気になれずにお弁当を机の端に置いていた。私の視線と意識が集中するのはスマホだけ。


「綾人くん、昨日のあれ、何だったんだろう」


 昨日のお昼休みには綾人くんにフラれて。

 放課後には、心配したからと電話をくれて。

 お別れを告げられたと思ったのに、でも、「後をつけられていたことを思い出して心配したから」と電話をしてくれた。まるで行動がちぐはぐだった。綾人くんは自分が切った人間には、今後一切関係を持たないような感じだったのに。

 それは単に私を心配してくれてのことなら嬉しい。だって、彼は少なくとも私のことを「どうでもいい」なんて思っていないということになる。

 でも綾人くんは妖狐の私を知っている。私が人間より少しだけ優れた力を持っていることを知っている。それなのに、注意の言葉をくれた。

 そこに、違和感がある。

 まるで綾人くんが注意しないといけない事態が起こっているような?

 そんな違和感だ。

 確認したいけれど、彼に電話をしてもすぐに切られてしまうかもしれない。現に、昨日は用が済んだらすぐに切られてしまったし。直接、彼に会ってもきっとはぐらかされるに違いない。それならいいけれど、無視されたりなんかしたら私、立ち直れない自信がある。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだろう。

 縁を切られても私はまだ未練がましく綾人くんのことを思っていた。何より、綾人くんの心の〝闇〟が心配だった。

 彼は大丈夫なのかな?

 苦しんでいないかな?

 寂しくないかな?

 そんなことばかりだ。

 私は来るはずもない綾人くんの連絡を待っている自分に気付いていたけれど、でも、もしかしたらまた電話がくるかもしれない、そう期待せずにはいられない。

 こつん、とスマホをはじいても、でも、スマホは何も言わなかった。

 どうしたらいいんだろう、とまた考えてしまう。考えても仕方のないことだとわかっているのだけれど、私に何かできることはないのかな、と考えてしまう。

 綾人くんのことを諦めれば、すぐにでもこの悩みから解放されるのだろうけれど、私には諦める気配なんて、一向になかった。

 考えてみる。

 私の選択肢は二つある。

 一つは、綾人くんに無視されても綾人くんを助ける。

 一つは、完全に綾人くんのことを忘れる。

 さぁ、私はどうする? と、自分自身に投げかけた。

 一つ目の選択肢、綾人くんに無視されても綾人くんを助ける、というもの。それはある意味、捨て身だ。綾人くんに完全に距離を置かれてしまった今、私が無理にでも綾人くんの事情に首を突っ込めば、私は今度こそ容赦なく嫌われる可能性が高い。でも、彼を助けることができるかもしれない。ただ、その点に関して言えば、あくまで可能性であって、絶対じゃなかった。つまりは救えない――失敗する可能性だってある。無理やりに綾人くんの事情に介入して、嫌われて、挙句、失敗してしまったんじゃそれこそ綾人くんの良い迷惑だ。

 それなら、もう一つの綾人くんのことを忘れる、という選択肢はどうだろう?

 それは苦しむ綾人くんを放っておくことになる。それはそれで、彼の意向通りになるのだから、彼にとって「私の存在」がないことは彼の望み通りになる。でも、私はどうだろう? 綾人くんを助けたい私は、綾人くんを見捨てる形になる。後悔は必ずするはずだ。

 それなら、私はどうすればいい?

 彼を助けられる保証もないのに、彼に嫌われででも助けようとする道。

 彼のことをきっぱりと忘れて、私の後悔だけが残る道。


「どうしよう……!」


 私が頭を悩ませていると、ふと、スマホが鳴った。見れば、みーちゃんからラインが届いている。


『ご飯食べた?』


 簡潔に示された質問に、私は「まだ」と答える。


『何を悩んでんのか知らないけど、あまりじめじめしないでよね』


 どうやらみーちゃんに心配かけてしまったらしい。食堂にいるみーちゃんがこうしてラインを送ってくれたことに、嬉しく思っていると。


『あんたが暗いと、迷惑だから。しおれている琴音はとことん気持ち悪い』


 さらり、と毒の追撃がやってきました。ラインでも容赦ないよね、みーちゃん。わたしはみーちゃんのラインを見て、思い切って文字を入力し始めた。

 今の悩みをすべてみーちゃんに打ち明ける。

 ただ、私のことや綾人くんのことを伏せておいて、彼が困っているとだけ伝えた。他のことは書かないし、もし訊かれても答えないつもりだった。その悩みに、すぐに返信がくることはなかった。困らせたかな、と心配していると、ラインが返ってきた。


『アンタって、馬鹿なの?』


 スタンプも何もない、またもや簡潔な一言は、相変わらず容赦がない。


『そんなに引きずるなら、アンタのやりたいようにすればいいんじゃん。そうやってうじうじ悩んだって、何にも始まりはしないじゃない』


 さらに、ラインで言葉が送られてきた。


『そもそも、あんたは何でそこまでして、助けたいわけ?』


 何で助けたい?

 それは、綾人くんが困っているから。悲しんでいるから。

 ただ、それだけだ。

 ――本当に、それだけ?

 心の奥が、何かざわついた。そう、助けたい。助けたいだけなんだ。それの何が悪いんだろうか?


『アンタは助けたいっていうけどさ、そこまでする義理はあるの? 明らかにそれは当人の問題であって、他人が口出しするべきことじゃない。しかも、それを、本人から拒絶されている』


 ざわざわ、と心がまだざわつく。


『アンタが言う彼は、聞いた限りじゃとても強い子に見えた。最低な性格をしてそうだけどね。その子が「大丈夫」だと言ったんなら、どうして、アンタはそれを信じようとしないの?』


 スマホを持つ手が震えた。


『厳しいことを言うようだけれど、アンタはいつも他人の気持ちや都合を無視して、動いている。だからトラブルになるの。琴音のやっていること、自己満足のようにしかあたしには見えない』


 自己満足? 私が?

 助けたいと思う気持ちが、自己満足だというの?

 私はみーちゃんのラインにコメントを返す気が起きなくて、そのまま電源を落とす。そして、机に突っ伏した。

 自己満足。

 ふと、私が助けようとした人たちのことを思い出してみた。それは「ありがとう」とお礼を言われた思い出がたくさんある。でも、その他にも思い出があった。その笑顔の一方で、怒っている人たちの顔や、非難する声があった。今、思い返してみれば、私が「何か」をしようと一直線になっていた時だった。確かにその時は、周囲の事情や気持ちとか、考えていなかった気がする。その苦い記憶がおぼろげなのも、自分の望む結果と違ったから? 本当は「ありがとう」と言われて、満足感に浸りたいだけだった? これが、自己満足だというの?

 私は、自己満足で、彼を助けたいと思っている?

そんなはずはない。

 それに、彼は――彼は、あぁ、でも彼は「大丈夫」と言っていた。「ありがとう」と言っていた。彼はトラウマを抱えているけれど、こうして一人で生きてきたのだから、確かに強いのかもしれない。それを自分で何とかできるから、助けようとしている私の力は邪魔もの以外何物でもないのかもしれない。それでも、なお、私は彼を助けて、「後悔」したくないと思った。それって、つまりは安心したいということだ。

 もし、彼が自分のことを自分でできるのなら、そこへ私が首を突っ込めば、それは確かに「自己満足」というものなのだろう。

 私はふらり、と立ち上がる。教室を歩いて、ベランダへと出た。

 空は澄んだ青色で、雲一つない晴天だった。その柔らかい日差しの下、私はぼんやりと外を眺める。ここから見える景色は、一年生のクラスがある北校舎と、食堂がある中央校舎、かろうじて、職員室がある南校舎が見えた。

 私はぼんやりと視線を落とせば、中央校舎の食堂から一年生の集団が出てきた。その中央にいるのは、綾人くんだった。相変わらず綾人くんは人気者だなぁ、なんて、他人事に思っていると、私は彼の様子がおかしいことに気付いた。

 綾人くんや、綾人くんを取り巻く一年生たちはみんな笑顔だ。

 笑顔なんだけれど、綾人くんのその笑顔がどこかぎこちない。それに、周囲にしきりに視線を泳がせている。動揺している? と思ったけれど、どうも違う。何だろう、あれは、警戒している? のかな?

 でも、綾人くんは何に警戒しているのだろう?

 わからない。困っていることがあるなら、話してほしい。私が解決してみせるから――そう思いかけて、「自己満足か……」と、気分が沈んだ。何もできないことが、こんなにももどかしいと思わなかった。今にも動き出したい衝動があるのに、でも、その衝動を持て余す気持ち悪さに、さらに心の奥がざわついた。

 それをなだめるように、私は大きく息を吐いた。



 お昼休みが終わって、私がラインでコメントを返さないにも関わらずに、みーちゃんは平常運転だった。


「アンタ、顔、悪いよ」


 顔が悪いって……せめて、顔色が悪いと言ってほしかった。それから、みーちゃんといつも通りに会話をして、時間が経って、ようやく空が薄く暗くなり始めたころ、ようやく授業が終わった。


「そういえば、明日、お祭りあるじゃない?」


 唐突なみーちゃんの言葉に私は顔を上げる。


「お祭り?」

「そ、お祭り」


 そうだ。お祭りだ。私としたことがすっかりと忘れていた。お祭りか……と、脳裏に描くのは、この学校の近くにある神社だ。毎年、春になるとお祭りがおこなわれて、多くの出店が並ぶ。夏祭りほどのにぎやかさはないけれど、それでも、楽しめる祭りだった。

 綾人くんを誘ったけれど、あの状況ではもちろん却下されたも同然だった。


「いいなぁ。お祭り! ね、みーちゃん」

「私、パス」

「この流れで断るの!?」

「あたし、明日、バイトだから」

「えー、そんなぁ」

「まぁ、クラスのみんなも行くみたいだし、アンタも行ってくれば? 少しは気晴らしにでもなるんじゃない?」

「みーちゃん……」


 もしかして、気分が落ち込んでいる私を見かねて、そう言ってくれたのだろうか? さすが、みーちゃん。その心遣い、とても嬉しいよ。


「明日はどんなトラブルを起こすのかしらね? 救急車の手配でもしておいたほうがいいんじゃない?」

「みーちゃん!?」


 最後の最後で、みーちゃんの毒舌が炸裂しました。

 ……そんなことを思い出しながら、私は通学路を歩く。夕闇が落ちる通学路には誰もいない。そんな寂しい風景にも、私の脳裏には明日のことでいっぱいだった。私は意識的に綾人くんのことを考えないようにしている。みーちゃんに「自己満足」と言われて、さらに綾人くんことを考えれば、気になって仕方がないからね。

 何をしようかな。

 何を食べようかな。

 期待に胸を膨らませて、出店の食べ物のことを考えれば、つい、よだれが出てしまいそうになる。鼻歌も出てしまった。


「あーしたは、なにを食べよっかなー?」


 即興で作った歌詞とメロディで、ご機嫌に歌っていると、ふと、玖高の生徒二人組に出くわした。

 女の子二人だった。二人はしゃがんで、自転車の様子を見ているようだった。主に後輪を。

 明らかに困っている様子だった。

 ――助けたい。

 何でだろう。「助けてあげたい」という気持ちは変わらない。でも、私の中に何かが弾む感情があった。その感情がよくわからないままに、私は衝動に抗うこともなく二人に駆け寄った。


「どうしたの?」

「え? ……あぁ、自転車がパンクしちゃって……」


 見れば、確かに後輪のタイヤが潰れている。空気が入っていないそれを触っても、緩んだゴムと、中の金属の硬い感触が伝わってくるだけだった。


「あー。見事にパンクしてるね」

「そう。どうしようかなって思って。自転車を修理したいんだけど、自転車屋さんってあるのかな?」


 二人は困ったように、顔を見合わせる。確かにこの山道の坂にこのパンク状態の自転車じゃ、危険だ。


「私、知ってるよ! 一緒に行く?」

「え、いいの?」

「うん、坂道を下りればすぐだから」


 女子生徒は嬉しそうに顔を見合わせた。私は先頭を切って、歩き出す。女の子は自転車を押しながら、ついてきた。

 ――そして、気づく。

 私は、気づいてしまい、思わず足を止めてしまった。後ろの二人が「どうしたの?」と声をかけてきて、私は慌てて首を横に振った。


「何でもない!」


 言葉ではなんてことないように言っていたが、内心では驚いていた。

 私は嬉しかったんだ。

 こうして、困っている人たちを見て、底知れぬ喜びが私の胸の奥から湧いてきた。その時、綾人くんのことや悩みとかすべてが吹っ飛んでいた。全身全霊で、彼女たちを助けないと、と、使命感に駆られた。胸中で、そのことに喜びを感じながら。

 ――自己満足。まさに、それだった。

 私は自分が満足するために、人助けをしていたという事実。私自身、そのことに気付かないでいた。こうして初めて気づいて、自分の無意識の浅はかさに恥ずかしくなる。

 結局、私は綾人くんを助けたいと言いながら、私は私のことしか考えていなかったんだ。


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