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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
三章 半妖狐少女と仮面少年の二戦目語り
23/37

【6】




* * *



 昨日、もう暗がりに沈む河川敷で、私は三人組の男子生徒に暴力を振るわれている綾人くんを見た。瞬間、私の頭は怒りに染まり、後をつけられていた恐怖も忘れて、彼らに突っ込んで、彼らを追い出したまではよかった。

 それよりも、その後に起こった出来事の方が私的に大事件だった。

 何故か、私は綾人くんに抱きしめられたのである。抱きしめられた。重要なことだから二回言ったけど、その時の私はまさに恥ずかしさとか疑問とか嬉しさとかの大混乱で。暴れても綾人くんの拘束が緩むどころか、さらにきつくなっていって、新手の意地悪か、と綾人くんを怒ろうとしたけれど、綾人くんのまるで縋るように抱き着いてくるのを見て、私はようやく落ち着いた。

 綾人くんがうつむいていて、泣いているのかと思ったけれど、そうでもなくて。私たちは地面に座り込みながら、ひたすらに抱きしめ、抱きしめられていた。

 そうして、河川敷が真っ暗になって、外灯が点り始めてようやく私は彼から解放された。

 綾人くんの表情は少しだけ照れくさそうで、でも、私を拒絶することはなかった。私たちは河川敷にあるベンチに腰を下ろして、二人して自動販売機でジュースを買って、何も言うこともなく、夜空に浮かんだ月を見上げていた。

 漂う静かな沈黙。けど、決して嫌じゃない。夜の心地いい静けさが、妙に心を落ち着かせた。


『琴音先輩』


 綾人くんは口を開いた。


『琴音先輩、オレのことをいろいろと訊き回っているのを噂で知ったんですけど、――オレの何を訊きたいんですか?』

『あ、ばれてたんだね』

『オレもいろいろと情報網を張り巡らせているんで』

『……怖い子だね、君は』

『そりゃ、一人で生きていくためには情報は必要不可欠ですから』


 そう呟く綾人くんの視線は遠い。何を思っているのか全く分からなかった。でも言葉から滲み出ているのは固い意志だった。そう、私はその固い意志の所以が知りたい。彼がかたくなにも一人にこだわる過去を、私は知りたいんだ。


『――綾人くん』

『ん?』

『綾人くんは、どうして、そんなにも人を毛嫌いにするの? どうして、一人で生きていこうとするの?』


 私の疑問に、綾人くんは口を閉ざす。でも、この夜の静けさがなせる業なのか、綾人くんは口を開いてくれた。


『昔――……』


 綾人くんの過去は、私が想像する以上にとてもつらいものだった。

 綾人くんが幼いころ、父が不倫をして家を出て、母がそのことで悪徳宗教に入信し、綾人くんを置いて家を出ていったこと。

 置き去りにされた綾人くんは保護されて、親戚に拾われて、最初こそ優しく接してくれていたのだけれど、次第に奴隷のように扱われたこと。

 さらには親戚の家でちょっとした失敗をしてしまって、誰もいない山の中に置き去りにされたこと。

 山の中の暗闇がとても怖くて、得体のしれない存在がいそうで怯えていたこと(これが原因で、綾人くんは幽霊――オカルト嫌いになったらしい)。

 通りすがりの人に保護されて、家に戻っても、また奴隷の日々が始まって。

 家を出るまでは親戚の顔色をうかがい、年齢を偽ってバイトもして。

 高校に入るのと同時に、家を出て一人暮らしを始めたということだった。

 そのころにはもう人に対して、嫌悪感に近い不信感を抱いていたらしい。他人を信じることもなく、唯一信じられるのは自分のみ。他者はただ、自分が生きていくための駒や踏み台にすぎない、と。

 聞いているうちに私は納得した。

 だから、彼はずっと〝仮面〟をかぶっていた。不信感を丸出しにすれば、誰も綾人くんに近づいてこない。それなら、〝笑顔の仮面〟をかぶって、人当たりの良い少年を演じれば、人知れず人が近づいてくる。

 近づいてきた人間を利用して、自分の都合のいいように操ってきた。一人であろうとしていた。

 だから他人を〝手足〟として人を使うようになった。そうすれば、一人でも簡単に生きていけるから。

 そして、年齢にしては妙に大人びていたのは、こうして一人で生きていこうとする思考自体がもう私たちの年代より上の考え方だから。

 それが、綾人くんだった。


『でも――……』


 と、綾人くんが続ける。


 綾人くんの誤算は、私に正体を見られてしまったこと。私の正体を知ってしまったこと。だった。人を操り、利用し続けてきた彼だから、私のような半妖をどう扱うべきか考えあぐねていたらしい。利用価値をそこに見出したからこそ、私は彼に捨てられなかったが、今までの経験に当てはまらない私の存在は、ひどく混乱したそうだった。

 そして、私の性格もまた誤算だったらしい。あんなにも、急接近してくる人だとは思わなかったとか。それに対して、人嫌いのスイッチが入ってしまい、何としてでも私と距離を置こうと、私を置き去りにしたり、家の鍵を探させようとした。ちなみに、家の鍵を紛失したのは、嘘だったとか。当時の綾人くんは家の鍵を必死になって探す私をあとで嘲笑してやろうとか企んでいたらしい。末恐ろしい子だよね。でも、『すみませんでした』と謝ってくれたからいいけど。

 あと、おまけにもう一つ言えば、幽霊とか見るのも誤算だったとか。

 すべてを聞き終えた私は、綾人くんに気付かれないように溜め息をついた。

 綾人くんに対する両親、親戚の扱いに酷く腹が立ったものの、それ以上に、どうしようと思い悩んだ。彼の〝闇〟はひどく心に根付いている。それこそ、今でもその過去の幻に怯えてしまうほどに。そんな彼の〝闇〟を救いたいと思っている。でも、私に救えるのかな? 取り除けるのかな? そんな途方もない彼の〝闇〟を私なんかがどうにかできるのだろうか。


『それで、先輩はどうしてここに?』

『え? あぁ、変な人に付きまとわれて』

『は!?』

『あぁ、でも振り切ったから大丈夫』


 あの時、私の後ろを歩いていた人は、やっぱり私を尾行していたらしい。距離間隔も一定だったし、気配も私のことをうかがっていた感じだったし。私にとって、あれくらいの尾行を巻くのはお茶の子さいさいだよ。それに変質者相手なら、遠慮なく狐火を使う所存です。ただ、悔やむなら、そいつを捕まえられなかったこと。そいつを捕まえるよりも前に、綾人くんの姿が遠目から見えたから仕方なく巻いたのだけれど。今度現れたら絶対に捕まえるからね。私を尾行していた変質者さん。

 それよりも、私は彼のことで頭がいっぱいだった。彼は今もなお、過去のトラウマに縛られている。そして、苦しんでいた。

 彼の苦しんでいる姿を見たくない。

 助けたい。

 でも、私に――……。

 私は思考をいったん止めた。助けたいなら、そう動くべきだ。できるかどうかじゃなくて、自分に何ができるかを考えよう。



 そう意気込んだのは、昨日の夜のこと。

 そうして、今日、私はその意気込みが燃え尽きぬままに登校した。そんな私を、冷ややかに迎え受け入れてくれたのは、親友の桐戸美月ことみーちゃんだった。


「……今日のアンタ、えらく張り切ってるね」

「うん! 私、今日頑張るよ!」

「今すぐに、諦めな」

「みーちゃん!?」

「アンタが張り切ると、えらい目に遭うんだよ。主に周囲が」


 今日も今日とて、みーちゃんはみーちゃんです。ふふん、でもその冷ややかさは、私の熱意の前では簡単に溶けてしまうのだよ。


「アンタ、うざい」


 ……意外と言葉のナイフは熱意を簡単に貫くものなんだな、と、あらためて気づいた。ひどいよ、みーちゃん。


「それと、琴音」

「何?」


 みーちゃんの言葉のナイフに落ち込んでいると、みーちゃんがずい、と顔を近づけてくる。


「アンタ、最近、一年の校舎に行って、男子生徒を追いかけまわしてるんだって?」

「え?」

「いわゆるストーカー行為」

「してないから!」

「アンタは熱くなると周りが見えなくなるからね。もしかして、アンタの好きな人って、まさかその一年の男子? まぁ、確かに一年ならかわいくて、アンタの好みのタイプに当てはまりまくってるんでしょうけどね。でも、ストーカーになるほど、好きになっちゃったわけ? 召使いにされて、だまされて、ひねくれた性格をしているのに?」

「違う、そうだけど!」

「どっちよ」


 みーちゃんは相変わらず冷ややかに、それと、なぜか軽蔑がこもった眼差しを私に向けてくる。心なしか、クラスにいるみんなの目も、みーちゃんと同じように冷ややかで「ついにストーカーか」なんていう、心が見えた。

 違うからね!


「アンタはそういう性格だって、みんな知ってるからね。疑惑は簡単にかけられるものよ」


 みーちゃんの言葉に、みんながうんうんと頷く。こういうところはみんなの心がシンクロするんだよね。


「それに一年のクソガキのくせに、上級生を召使いにして、さらにひねくれた性格って……ほんと、クズ男ね。胸糞悪い」


 それはもしかしなくとも綾人くんの話なのかな? 綾人くんの話だよね?


「それで、いったいどうしたの? アンタの最近の様子がおかしいのと何か関係があるわけ?」

「……んー」


 私の様子がどうおかしいのか訊いてみたかったけど、でも、確かにおかしかったんだろうなぁ。何しろ、ここ一週間、綾人くんに振り回されっぱなしだったし。あれ? 私のせいじゃなくて、綾人くんのせいじゃない?


「アンタ、今、人のせいにしたでしょ?」

「心を読まないでよ、みーちゃん」

「アンタ、顔に出やすいからね」


 そんなに出してないもん。


「まぁ、困ったことがあったら、何でも言って。とりあえず聞くだけ聞くから」

「聞くだけなんだね……」

「アンタのとばっちりを受けたくないもの」


 さすがみーちゃん、ひどいね。

 でも、みーちゃんのおかげでさらにやる気が出た。私は私のやりたいように、動く!


「よし、やってやるよ!」

「はいはい」


 みーちゃんはもう「どうでもいい」と言わんばかりに頷いて、スマホで遊び始めた。

 ひどいね。

 ふと、私はそろそろこの学校の近くにある神社で春祭りが開催されるのを思い出した。そうだ、綾人くんも誘ってみようかな? これを機に、召使いから友達にチェンジできたら嬉しんだけど……。よし、昼休みか、放課後にアタックしてみよう。


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