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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
三章 半妖狐少女と仮面少年の二戦目語り
20/37

【3】


 闇とは何だろう。

 私の中にある闇は一言で言えば、真っ黒。単色。モノクロ? それはちょっと違うか。でも、その闇という色のイメージはとても強い色だと私は思っている。黒は絶対に誰にも塗り替えられない色だと思う。そこに青や赤、黄色とか緑とか入れても黒は黒だよね? むしろ、そういう明るい色をぐしゃぐしゃに入れれば最終的に真っ黒になる。ぐしゃぐしゃに入れられたカラーは決して元には戻らない。赤色を足しても、黒は黒。黄色を足しても、黒は黒。なんでも呑み込んでしまう色。そのままいえばブラックホール的な感じ。

 闇とはそういうものだと思う。

 その闇を取り払おうとどんな色を差し込んでも結局は呑み込んでしまう。元に戻そうと四苦八苦しても、どんなに抗っても闇は闇のまま。

 そう、綾人くんはそんな闇を抱えている。

 私がどんなに言葉をかけても、その闇が吸い込んでいく。そして、闇が広がっていくばかりなんだ。

 でも、白で闇が薄闇になるように、彼の闇を少しでも和らげることはできないだろうか?

 私の手で、言葉で、彼を救うことができないだろうか?

 そんな大それたことを考えている私は、その途方もない闇にただ立ち尽くす。

 ようやく、わかった。

 彼が抱える〝闇〟の正体が。

 よく考えてみれば、ヒントは多くあったんだ。例えば、私が「友達になろう」と言ったとき、彼がクラスメイトの前で〝仮面〟をかぶっているときとか。そして、本人も言っていた。

 彼は――本当に〝人間〟が嫌い、なんだ。

 憎悪と一緒に吐き捨てるほどに。

 それは極論かもしれない。でも、彼ははっきりと「人間関係」のことを、嫌悪感をむき出しに拒絶した。はっきりと、嫌いだと、言っていた。

 どうして、彼は〝人間〟が嫌いなんだろう?

 そして、どうして人間不信に近いまでの感情を抱いてしまっているのだろう?

 私にはわからないままだった。

 闇に飲み込まれている彼の闇を、薄めることができるのかな? その手立てすら見つけられないでいた。彼が少しでも、闇に抗う気配を見せてくれたのなら、私は全力で闇から彼を引き上げるのだけれど、肝心の彼はどっぷりと闇に飲まれたままだ。

 過去に彼にいったい何があったというのだろうか? そんなこと、まだ会って間もない私なんかではわかるわけがない。それならば――……。

 ――わからないなら、訊けばいい。

 綾人くんの過去を知っていそうな人に、直接訊けばいいんだ。

 彼を助けたい、その一心で安直な私には、そんな案しか浮かばなかった。

 知らないなら、わからないなら、知っている人に訊けばいい。本当なら本人に訊くのが一番なんだろうけれど、本人にこれ以上嫌われたくない弱腰な私はその案で決行することにした。

 放課後。雨がすっかりと上がっていて、濡れた地表の上を風が吹いていく。少しの肌寒さに、私は少し体を縮めながらも、ほんのりと明るい空の下、そのほんのりと明るい空を打ち消すような騒がしい灯りがある町の中へと繰り出した。

 場所は隣の、さらに隣の、そのまた隣の隣町。四つ駅を乗り継いで、私が住む町から遠いけれど、でも、かなり都心に近い街だ。

 すでに夕暮れ時の時間帯の街はネオンがきらきらと煌びやかで、騒がしくて、目に痛い。人も多いし、空気も悪くて、くらくらと眩暈がしてしまいそうだった。

 正直、綾人くんの知り合いがここにいるかどうかはわからない。

 でも、持ち前の嗅覚と、第六感で、ここへと来た。私の第六感は、何気に当たるんだよ? それもまた〝妖狐〟がなせる業かもしれないけどね。

 私は制服を着たまま、町を練り歩く。

 とりあえず様子見であちこち歩き回った。お店を見るとお買い物がしたくなるから、極力見ないようにして、人の顔をうかがいながら進む。

 そうして、私の第六感が「この人だ!」と告げた人に、私は声をかけた。


「すみません!」

「は?」


 振り返ったのは、見知らぬ高校の制服。そして、いかにもガラの悪そうな男の子たち。すごまれても、私は怖くないもんね。


「ねぇ、君たち、皆島綾人、っていう男の子、知ってる?」

「皆島ぁ?」


 男たちが大きな声を上げた。突然のことにびくりとするも、いかにもガラの悪そうな男の子たちは、声に反して破顔した。


「皆島って、あの皆島か? すごい久しぶりだな? ていうか、あんた、あいつの友達? 可愛いね、それとも彼女? あー、でも久しぶりだ。どうだ、あいつ、元気か?」


 男の子たちは私を取り囲むと、矢継ぎ早に質問をしてくる。いかにもな不良なのに、その顔には懐かしさを思い出しているような笑顔だった。怖い外見の犬がしっぽを振って甘えた声で懐いてくるイメージに近いものがある。可愛くないけどね。でも、彼女と言ったのはぐっじょぶです。


「えーと、君たち、綾人くんの知り合い?」

「知り合いじゃねぇ、ダチだ」

「ダチっすか」

「おうよ、それで、あいつは――……」


 それから、滅茶苦茶質問されて、その質問に何とか答え終わったとき、ようやく私の質問タイムを得ることができた。


「ねぇ、綾人くんてどういう子なの?」

「綾人か? そうだなー」


 彼らは中学生時代の時、綾人くんと友達だったらしく、その仲はとてもよさそうだった。少なくとも、この男子たちにとっては、だけど。


「すごい良い奴だったな」


 端的に一言で言えば、綾人くんはそういう子だったらしい。ふぅん、と私が頷いていると、彼らが私の肩に手を回してくる。


「ねぇ、あんた可愛いな。どうだ? 綾人つながりで俺たちとダチにならねぇか?」


 もちろん、ノーサンキューで。

 私は笑顔を浮かべて、その場から去った。



 それから、私の第六感は次々と、綾人くんのことを知っている人たちを探し当てた。

 二人目は、いかにも真面目そうな男子生徒だった。


「あいつ? 嫌な奴だよ」


 そう、心から嫌うように吐き捨てられた。

 三人目は、女子三人組だった。


「綾人くん? うん、いい人だったよ?」


 と、思い出話に花を咲かせられた。

 四人目は男子五人組。


「あいつは……よく、わかんなかったなぁ。付き合い短かったし。なんか、深くまで入ってくるのを許さなかったっていうか……」


 と、今でも不思議そうに首をひねっていた。

 訊く人訊く人の答えは、三つに分類できた。「良い人」、「嫌な奴」、「よくわからない」。まるでアンケートのような答えだったけれど、もう一つわかったことがある。

 彼の過去を誰も知らない、ということ。

 小学校時代の友人も、彼の過去を知らない。ただ、表面的な性格だけを、みんなが口を揃えて答えていた。

 ここまで、彼のことについてわからないなんてね。

 綾人くんは何者なんだ。

 まるで出口がわかっているのに霧のせいで抜けられない、そんな感じだった。進んでも進んでも、道がわからない。出口はそこにあるというのに、いったい、なぜ?

ふと、目の前を歩く男の子に、私の第六感センサーが働く。この人も、綾人くんのことを知っているはずだ。


「すみませーん!」


 私が声をかけると、その男の子は振り返る。その男の子は、優し気な顔つきのとても温厚そうな男子だった。


「えーと、誰?」

「私は明日山琴音って言います! どうぞ、よろしく!」

「はぁ……」


 男子は困惑気にうなずく。まぁ、そうだろうけどね。


「ところで、僕に何の用ですか?」

「単刀直入に訊くんだけど、皆島綾人くんって知ってる?」


 綾人くんの名前を出したとたん、目の前の男子の表情が固まった。うん、知ってるも同然だね。


「ね、綾人くんってどういう人?」

「――あ、あぁ、皆島くんね」


 気を取り直したように男子生徒は頷く。そして周囲をきょろりと見渡すと歩道から建物の間に続く狭い裏路地へと連れていかれた。ん、何で? と思っていると、男子生徒は私に向き直り、周囲には誰もいないというのに、まるで誰かに聞かれたくないように小声で私に言ってきた。


「あいつは、嫌な奴ですよ」

「ふぅん?」

「いきなり僕を殴ったりするようなやつですよ? それに僕の他にも殴られた奴がいるんです。それに、関係のない生徒にも手を出したりして、そんな荒れくれ者ですよ」

「ふーん」


 この人の意見はどうやら「嫌な奴」のようだった。これで、「良い人」と「嫌な奴」でとんとんくらいかな。


「思い出しただけで腹が立ってきた」


 男の子はそうぽつりとつぶやくと、なぜか私に近づいてきた。ずい、と勢いよく近づいてきたため、私は思わず一歩後ろへと下がる。


「聞いてくださいよ、あいつが僕にしでかした仕打ちを!」


 目の前の男の子が近づくたびに後ろへと逃げていた私だけれど、急にがし、と肩を掴まれる。そして、彼は私の前で綾人くんがしでかした仕打ちとやらを、憎々し気に語り始めた。その内容はとてもひどいものだった。

 綾人くんが万引きをしたとか、女の子をどこかへと無理やり連れ去ろうとしたとか、子供を虐待したとか、そういう犯罪の数々を。私は目の前の彼が語るたびに、私の心は冷えていった。それはその言葉に対する違和感。語られる内容に対する拒絶感。

 だって、ねぇ。


「綾人くんが、そんなことするわけないじゃない」


 思わず、本音が口をついて出てしまった。私は思わず口を押える。でも、もう遅い。言ってしまった言葉はもう元に戻すことはできない。それに私の本心だから、別に隠す必要もないんだけれど。

 でも、相手が悪かった。


「お、お前も、僕のことを信じないのか……!?」


 目の前の男の子の、穏やかな雰囲気が一変した。一気に色をなした彼は、私の肩を掴む手に思いきり力を入れた。強く握られてすごい痛かった。


「何でいつもあいつがかばわれるんだ! あいつは悪い奴なんだ! 僕を貶めようとしているんだ! それなのに、どうして!」


 どうして、と言われても。

 でも、別に私は綾人くんをかばおうとして、この男子の言葉を拒絶したわけじゃない。だって、あり得ないから。

 彼は〝人間〟が嫌いという闇を抱えている。

 それは周囲に牙をむくような人間嫌いじゃなくて、あくまで他人と関わろうとしない姿勢を持つ〝闇〟なんだ。

 それがどうして、意味もなく万引きとか、女の子を連れ去ろうとか、子供を虐待しようとするのだろう? 少なくとも彼は人間と関わろうとするときはメリットやデメリットを探す。そして、メリットがあれば人を利用しようとするし、デメリットが多ければ関わらないようにする。彼が私に関わっているのはあくまで私の〝妖狐〟というメリットの部分を見出して、利用しようとしているからだ。

 そんな彼が、無意味なことをするのかな? そう考えると、答えはノーだ。

 どちらかと言えば、目の前の彼の方が疑わしいんだけど。


「なぁ、お前も、僕のことを信じるだろ? な? あいつは悪い奴だよな!?」


 確かに、悪い人と言えば、悪い人だけどね。でも、そこまで悪い人じゃない。私が肯定しないでいると、彼の怒りはますます煽られたようだった。


「お前も、お前も……!」


 男の子が私の胸ぐらを掴む。そして、拳を握った。これは確実に殴られる。表の通りを歩く人たちは、この陰に入った路地に目を向けないからこの暴行に気付かない。

 そんな、絶体絶命――なんて、私が思うわけないじゃん?

 私は指を男子生徒に向けて、思いきりパチン、と指を鳴らした。そして、ぱん、と青白い閃光が放たれた。しかもととびきり大きいやつね。綾人くんを陥れようとした罰だよ。


「な、何だ!?」


私の唯一の必殺技は大成功。男子を見事にひるませることに成功した。でも、


「何? 今の?」

「今、光ったぞ?」

「もしかして、爆弾!?」


 違うから! 誰、爆弾なんてすごい勘違いした人は!? でも、その「爆弾」発言に、みんなが敏感に反応した。あちこちから悲鳴が上がり、パニック状態に陥ってしまった。

 ど、どうしよう!?

 目の前の男子を見れば、男子はもうすでにそこに姿がなかった。逃げ足速いね! 私もとりあえず、ここから逃げようと走り出した瞬間、私の第六感が告げる。

 ――後ろにいるよ。

 私は思わず、背後を振り返った。そこにいたのは、長めの茶髪に、ばっちりとした釣り目。あどけない輪郭を描く顔立ちはとても幼く見える――可愛い彼。


「あ、綾人くん……」


 どうしてこうタイミングが悪いんだ。でも、私は悪いことはしていない。ただ、綾人くんのことを訊いていただけ――あれ、文章だけを見るとプライバシーの侵害というのかな、これは?

 見られてはいけないところを見られてしまったような罪悪感のような心地で私は、前へも後ろへも行けなかった。何かを言おうとしても、言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。

 だって、綾人くんの目が今まで以上に、静かで、鋭くて――とても、冷たかった。

 怒っているのかな? それとも、もっと別の感情? 綾人くんの凍り付くような無表情には、何の感情もつかめない。

 でも、彼は、


「化け物」


 そう、一言吐き捨てて、恐慌状態にある町の中へと入っていった。

 私はというとただ呆然と、彼が消えていった町の風景を眺めることしかできずにいた。

 ――化け物。

 その言葉が胸の奥に深く突き刺さり、私の脳裏に嫌な思い出をわざわざ呼び起こしてくれた。


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