表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
三章 半妖狐少女と仮面少年の二戦目語り
19/37

【2】


 向かった先は、北校舎の裏庭の〝千本桜〟だった。雨がしとしと降っているけれど、あまり関係ない。むしろ桜が良い傘みたいになっていて、全然濡れなかった。綾人くんはある程度奥まで行くと私の手をおもむろに放した。

 私へと振り返る綾人くんの顔は、ニッコリ笑顔。でも、青筋が立って見えるよね。


「えーと、綾人くん?」


 私が綾人くんの名前を呼んだとたん、綾人くんの表情から笑顔が抜け落ちた。残ったのは、そのまま憤怒の表情のみ。仁王様がいらっしゃる!


「お前、今、何気に失礼なことを考えたろ?」

「え、私の考え読まれてる!?」


 いや、仁王様はどちらかといえば褒め言葉? みたいな屁理屈を考えていたら、がし、と手で頭を掴まれた。綾人くん、小柄なのに手は大きいんだ。さすが男の子だね、って、痛い、痛い、痛い! ぎりぎりと、私はそのまま握りつぶされるんじゃないかと思うほどに、綾人くんに脳天をぎりぎりと圧迫された。


「何で、お前は、学習しないかな……?」

「痛い、痛いってば! 学習って何が!?」


 あまりの痛さに、耳がひょん、と飛び出たのがわかった。でも、綾人くんは容赦なく、頭を締め付ける。


「お前は一応、妖狐なんだろ? 軽はずみな行為はよせって言ってんだよ……!」

「いたたたたた! 大丈夫だって! 気づかなければ大丈夫!」

「どこまで楽観的なんだよ! お前、オレにバレた時点でもっと気を付けようとは思わないのか!?」

「……何とかなる時は、何とかなるし……って、イタイイタイ! ごめん、ごめんってば!」


 あまりの痛さにギブアップすれば私の頭がようやく解放される。くそう、頭が悪くなったどうしてくれるのさ。


「頭の悪さ以前に、身の危険をどうにかしろ」

「心の中を読むのはやめてください」


 何だか、こういうやり取りはとても久しぶりな気がする。こうして、軽口をたたきあうって、なかなかできないんだよね。しかも、「二度と近寄るな」と言っていた本人が、こうして、私のことを案じてくれているということが純粋に嬉しかった。


「……で、今度は何があった?」

「何って、何?」

「あの騒動だよ。狐火を使用するくらいだから何かあったんだろ?」

「何かあった……というよりは、綾人くんが人気者過ぎたんだよ」


 にやり、と笑えば、綾人くんはきょとん、とする。本当にどういうことかわかっていないらしい。


「綾人くんと私の仲を邪推した女の子たちが、勝手な憶測で私を追いかけまわしただけ」


 いいねぇ、モテるねぇ。まぁ、私も彼女たちと同じ、惚れてしまったその一人ですがね。そう肘で小突けば、綾人くんは特に嬉しそうにする様子もなかった。

 それと、私とこうして接するときはいつもと同じ態度だった。私の『好き』発言は、彼の中ではなかったことになっているらしい。悲しいね。私がひっそりと悲しんでいると、綾人くんはなんていうか不可解そうな顔つきだった。

 その表情で、あぁ、と私は納得する。

 そうだったね。彼はクラスメイトの前では〝仮面〟なるものをかぶっていたんだ。世の中を渡るための偽物の表情。つまりは彼女たちが好きになったのはその〝仮面〟をかぶった綾人くんの方で、素の綾人くんの方ではない。


「綾人くん、君もクラスメイトたちの前でさ、表情つくるのやめたら?」


 私はにこにこ笑顔の綾人くんの表情も好きだ。でも、素の綾人くんの方も好きだ。確かに乱暴だし、ちょっと凶悪な面もあるものの、優しさだってある。噴水の妖に引きずり込まれそうになった私を助けてくれたしね。素の綾人くんも素敵なのに、もったいない気がした。


「ね、本当の友達をもっと作ったら、きっと、綾人くんの力になってくれると思うよ?」


 そう勧めても綾人くんは、何も答えない。むしろ、怪訝そうな顔つきになった。え、何で、そんな顔をするの?


「なぁ」


 綾人くんが、ようやく口を開いた。


「ウザったい」


 ――ひどいね! いきなりの罵倒に、私は開いた口が塞がらない。でも、私だって負けないよ。


「何が?」

「そういう友達とか、力になるとか、そういうの」

「何で?」

「正直、それは足手まといだろ」

「足手まとい?」


 え、何を根拠に足手まといというのだろう? 綾人くんは怪訝そうな顔つきから、あからさまな嫌悪感を露呈する。


「そうだ。足手まとい。力になるからと言って人に付きまとって、でも、結局は力になろうとせずに、自分がピンチになったら助けてくれ。挙句の果てに、もし、うまく利用できないようなら捨てる。人間関係、友達関係なんて、そんなものだろ」


 あぁ、そっか。そうか。

 私はようやく、理解した。

 彼の――彼の〝闇〟の正体が。


「そんなことないよ。確かに人を利用する目的で近づく人だっているかもしれない。でも、それはほんの一部だよ。いい人っていうのは、そういう考え抜きで君を助けたいと思っているはずだよ」

「そんなわけないだろ。一人で何もできないから、みんなが群れる。群れれば、他人を利用しようとする」

「違う違う。どうして、利用とか、そういう風に考えるの? ほら、私とかは君を利用しようとしてないじゃない」

「お前はオレに弱みを握られているだけだから。その関係が終われば、お前もオレを利用しようとする」

「しないってば!」


 あー、もう! どうしてわかってくれないかな!? そう憤慨する私を、綾人くんは冷えた眼差しで見据えていた。あまりのその冷ややかさに、沸騰寸前だった私の頭も一気に冷やされて、反論の言葉も出てこなかった。


「なぁ、何で? 何で、お前らは群れようとするんだ? それでいて、支えあおうとか綺麗ごとを並べるくせに、他力本願に生きようとする。それでいて役に立たないようなら陰口を叩き、はぶいて、最後は捨てる」

「そんなこと……」

「そういうものだろ? だって、あのクラスメイトたちも、オレの本性じゃなくて、作ったオレが好きだっていうんだからな」

「それは、本当の君を見せないからであって!」

「もう、そういうのはうんざりなんだよ」


 綾人くんは吐き捨てた。まるで、心からそれが汚いものであるかのように。簡単に、侮蔑をもってして、「関係」というものを捨てた。


「ねぇ、琴音先輩。先輩もオレに近づくのは、『好き』っていうのは――そういう理由でしょ?」


 違う。

 絶対に違う。

 そう口にしようとしても、まるで凍てつくような冷え切った眼差しを前にすれば、私の否定はそれこそ凍り付いたように出てこなかった。


「先輩、さようなら」


 さようなら。それはどういう意味なんだろう?「嫌い」とか、「近寄るな」よりも、それ以上の拒絶の言葉だった。それこそ、私たちの『関係』を切るかのような。


「綾人くん――!」


 綾人くんは答えずに、私に背を向ける。立ち去る彼の背中へと手を伸ばしたけれど、その指先は届かなかった。




「どうしたんだよ、綾人!」

「大丈夫だった? 綾人くん」


 オレがクラスへと戻るなり、そう声をかけてくるクラスメイトたち。誰もが気遣わしく、そんな言葉をかけているが、実際、本当に気遣ってくれている人間なんていないだろう。他人は他人、そう、所詮は他人なんだ。その他人がどうなろうと、どんな目に遭おうと、何をしでかそうと、結局は他人。自分には関係のないことだ。

 例えば、明日山琴音。

 彼女も口では綺麗ごとばかりを並べる。琴音先輩は、半分は人間で半分は狐。いざとなったら、自分の保身に走る。だって、そうだろ? 妖狐なのに人間として生活している奴が、人間としての存在を失うわけにはいかない。今はオレに弱みを握られているから、素直に従っているけれど、彼女を解放してしまえば痛い目に遭うのは、このオレなんだ。

 むかつく。

 オレはただ一人でいたいだけなのに。

 どうして、みんなは自分を放っておいてはくれない?

 オレはみんなの言葉を無視して、席に着く。そんなオレにクラスメイトたちは「大丈夫か?」「どうしたんだよ?」「オレたちが味方だ」なんて、本当に簡単に嘘をつく。上辺だけの言葉なんて、うんざりだ。その上辺を剥いでしまえば、残っているのはただの悪意だろうに。

 ――綾人くん!

 うるさい。うるさい。うるさい、うるさい。琴音先輩の声の残響が脳裏にこだましていた。

 だめだ。早く何とかしないと。このままじゃ、〝自分〟が作れなくなる。その前に何とかしないと。何とか、この場を切り抜けないと。


「綾人?」

「綾人くん?」

「おい、大丈夫なのか?」


 オレに近づくな。これ以上は、オレは本当に〝自分〟が作れない。

 ――ね、本当の友達をもっと作ったら、きっと、綾人くんの力になってくれると思うよ?

 あぁ、もう。


「うるさいな」


 オレはは、と我に返った。偶然に生まれた静けさの間隙に落とされた言葉は、波紋のようにこのクラスに浸透していった。


「え、と、綾人……?」


 クラスの男子が恐る恐る、声をかけてくる。だめだ。これは〝オレ〟じゃない。早く、笑顔を浮かべなければ。――でも、今のオレには、笑顔を浮かべることができなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ