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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
二章 半妖狐少女と仮面少年の一戦目語り
16/37

【10】




「な、何で……!?」


 公園へとたどり着いたのは、あろうことか午後三時半。どうしてこんなことになったの!?

 と、思い返してみれば、そこはトラブルの連続だった。

 公園へと出発早々、迷子に出くわした。わんわん泣いて、お母さんとははぐれた男の子はお母さんを探している。

 その時はどうしようかと悩んだ。早く行って綾人くんのキーホルダーを探さないといけない。でも、この子を放っておけない。どうしようと悩んで、すぐに答えが出た。時間はある。それなら、この子のお母さんを探す時間に割いても大丈夫だろう、と。

 でも、そこがいけなかったのかもしれない。

 迷子のお母さんを捜しているうちに、木に登ったまま降りられなくなった子猫を助けようとしている小さな女の子を見かけたり、さらには財布を落としたとか、困っている人と連続で出会ってしまった。

 早く、早くと思いながら、その人たちを助けたりしてたら、なぜか、現在の時間は午後三時半。制限まであと三十分。


「何で、こんなことに……」


 前にお父さんが言っていたことがある。妖狐という〝血〟が流れているだけで、トラブルに巻き込まれやすい傾向があると。まぁ、私も過去に一日に何度もトラブルに巻き込まれたことがある(巻き起こしたともいう)。もしかしたら、その〝血〟の影響なのも知れない。よりによって、今日という日にその真価を発揮しなくてもいいのに。

 私はぼやきながら、公園を見渡す。

 今日は土曜日だけれど、なぜか、人の姿は見当たらなかった。時間帯も時間帯だから、みんなでお買い物に行っている時間なのかもしれない。

 ひらひらと舞い散る桜の花びらが私の視界に入った。

 この公園には多くの桜がある。満開になれば学校の〝千本桜〟ほどではないけれど、噴水と桜の風景というのはとても綺麗なものだった。そんな綺麗な風景に心浸る間もなく、私はぺろ、と手の甲をなめながら、噴水へと近づく。

 実は怪我をしてしまった。木の上に上った猫を助ける際に、木から落ちた。骨折とまではいかないけど打ち身をして、あちこち擦り傷、切り傷を負った。別にいいけどね。妖狐の〝血〟のおかげで治りは早いから。

 私は噴水の前に立つ。


「よし!」


 私は意気込んで、ゆらゆらと水面が揺れる噴水へと近づいた。

 ――そして足を止める。


「……マジですか」


 噴き上げられた水滴が太陽の光にきらきらと綺麗に反射して、桜の淡いピンク色と相まって美しい空間を作り上げている噴水。その噴水に、〝何か〟がいた。見た目はおかっぱ頭の小さな女の子。でも、それは上半身だけだ。でも下半身は魚のそれ。見た目はまるで人魚のようだけれど、そんなおとぎ話に出てくるような人魚じゃない。これは〝妖〟だ。

 その人魚めいた女の子の妖は、噴水で楽しそうにはしゃいでいた。それを前に私は立ちすくむ。「ちょっとすみません、入りますね」と言って、この妖は私を噴水へと入れてくれるだろうか。

 基本、自分のテリトリーを持つ妖は、他者の侵入は許さない。ふゆくんみたいに浮遊霊であるなら、誰でも入ってOKという感じなのだけれど。この妖は見るからにこの噴水をテリトリーとしている。もし私が無断で入れば、追っ払われるか、最悪噴水へと引きずり込まれる。

 綾人くんはオカルト嫌いなのに、どうして、この噴水へと近づいたんだろう? まぁ、いいけどね。

 私はじりじりと噴水へと近づく。

 はしゃいでいた人魚めいた妖が、私に気付いたようで、振り返った。ぴたり、と私は動きを止めた。


「えーと、こんにちは?」


 私がにっこりと笑えば、人魚めいた妖は一瞬だけ不思議そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔を浮かべてくれた。


『こんにちは』


 おぉ、挨拶も返してくれた。これは好感触だ。これならいけるかもしれない。そう思った私は彼女に近づいた。




 ――本当に、信じやがった。

   いや、もしかしたら、信じようとしているのかもしれない。

 オレが琴音先輩に〝嘘〟を持ちかけたとき、琴音先輩はあっさりとオレの〝嘘〟を受け入れた。琴音先輩がオレの〝嘘〟を信じたのか、それとも、〝嘘〟であると知りながらも受け入れたのかは、わからない。どちらにせよ、馬鹿としか言いようがなかった。

 オレは商店街へと行くふりをして、琴音先輩の後をつけていた。風上に立てばオレの匂いでばれるかも知れないから(妖狐である彼女は嗅覚も人並み以上らしい)、風下に立つことに注意しながら、ずっと彼女を観察していた。もしオレの〝嘘〟を裏切るような行為をすれば、すぐに証拠写真を撮って、先輩に突き付ければそれはそれで脅しの材料となるからだ。もし、本当に彼女がオレを信じて、噴水の中を探ったときはどうする? そんなの簡単だ。笑えばいい。ずぶ濡れの姿になっているのを、心から笑えばいい。そこに何もあるわけがないだろ。人を信じるから、そんなことになるのだと。

 我ながら最悪な性格をしていると思う。でも、それでいい。人間なんて、そんなものだからな。

 その一心で、オレは彼女の後をつけていたのだけれど、――実に彼女はトラブルに巻き込まれていた。

 迷子を見つけては、木の上から降りられなくなった猫を助けだし、さらには財布の落とし物とか、行く先々でいろんなことに巻き込まれている。まるでそれが宿命(さだめ)と言わんばかりの、トラブルとの遭遇の確率だった。

 さすがのオレもあきれて、何も言えないというか。あまりの遭遇率に、ただ唖然としているというか。

 近くの木にとまっているカラスも、そんな琴音先輩にあきれたように一声鳴いた。このカラスとは気が合いそうな気がする。

 でも、彼女はそれでもオレとの約束を果たそうと、必死になって駆けずり回っていた。そうしてすべてのトラブルが片づけ終わったその時間帯は午後三時半。制限時間まであと三十分だ。

 琴音先輩は少し焦りの色を浮かべている。

 確かにあと三十分だと、制限時間としては短い方だ。なにしろ、噴水の中から探し出すのだから。

 琴音先輩はトラブルに巻き込まれている最中にケガをしたらしく、手の甲についた血を舐めとるのを見て、心がざわっとした。それがどういう動揺なのかオレにはまだわからなかった。オレは歯噛みをする。その動揺を押し殺すために。

 これでいい。

 これでいいんだ。

 あとは、先輩が失敗するのを見て、オレは嗤えばいいだけ。

 そうだ。――他人を、信用しようとするな。

 オレはそう自分に言い聞かせる。

 はやく行けよ。先輩。噴水の前で突っ立っていないで、さっさと噴水に入って、オレに惨めな姿を見せろ。オレは嗤う準備ができているんだ。

 でも、先輩は何を躊躇しているのか、噴水の前で立ったまま。もしかして、勢い込んでここへと来たにもかかわらず噴水に入るのを躊躇っているのか? 違う。先輩は何かを考えているようだった。噴水を眺めて――違う、噴水を見て、何かを考えている。そう、そこに何かがいるかのように。

 そこで先輩は初めて動きだす。一歩、噴水へと近づいて。


「えーと、こんにちは?」


 と、なぜか、噴水に向かって挨拶をした。

 ちょっと、待て。そこにいったい、何がいるというんだ。オレの目には見えなくて、先輩の目に視えているもの。それはあきらかにそちら系統の不穏な気配をうかがわせていて、オレはとっさに木の陰に隠れた。




『ねぇ、おねえちゃん。わたしのこと、見えるの?』

「うん、まぁね」


 私は少しずつ噴水へと近づく。平然と、ゆっくりと、自然に。


『もしかして、おねえちゃん、狐さん?』

「あ、わかる?」

『うん、狐さんのにおいがする。でも、とてもうすいにおいだね。それも変化の力?』

「あはは、まぁね!」


 もちろん。はったりである。お父さんのような完全な妖狐なら化けるのも得意中の得意だ。でも、私は半分人間で、半分妖狐。変化はできない。できるのは幻覚を見せたり、閃光弾みたいに光を爆発させるくらいの狐火だけだ。


『ねぇねぇ、おねえちゃん、いろいろなものに化けてみせてよ!』


 わくわくと言った様子で女の子の人魚は私へと近づく。噴水の水が不自然にうねりを上げるのを見て、私は立ち止まった。


「それはだめ」

『えー、なんでー?』

「ここは公園だから、ここで変化しちゃうと、人間に見られちゃうでしょ?」

『見られちゃうと、何かあるの?』

「うん。狐には狐の事情があるんだ」


 じりじりと少しずつ、私は歩みを再開した。でも、


『ねぇ、おねえちゃん』

「ん、なに?」

『どうして、私のおうちに近づいてくるの?』


 あら、ばれていました。にこにここと好奇心を女の子は浮かべているけれど、その眼差しがわずかに剣呑な光を帯び始めた。あきらかに警戒していた。


「君にお願いがあるんだ」

『なぁに?』

「少しでいいから、君のおうちに入らせてほしいな」

『どうして?』

「私の友達が、この噴水で落とし物しちゃったんだって。それを探したいな」

『……』

「……」


 えーと、ダメですかね? 女の子はにこにこと笑みを浮かべて、私の様子をうかがっている。やっぱり、ダメかな? 女の子はこの噴水を自分の家と言ったから、家に入らせてもらうにはいろいろと条件が必要なはず。簡単に言えば、おうちに入るための手続き、みたいな。その手続きさえ正当に踏めば、簡単に入らせてもらえるんだけど、時間が時間だし、もう直談判しかない。


「だめ、かな?」


 私が恐る恐る訊けば、


『いいよ』


 あっさりと、女の子は頷いてくれた。そんなにテリトリーにこだわりがないなんて、珍しいな。


『おいでよ』


 女の子が私を手招きする。私は、不用心にもそれに続いてしまった。本当に、不用心にも。


「お邪魔します」


 私は靴と靴下を脱いで(とりあえず人のお家だからね)、素足を噴水につけた。まだ四月というだけあって、噴水の水はとても冷たかった。それでも我慢して、足を全部水へとつけたその瞬間だった。


「え」


 ぐい、と足が引っ張られた。そのままざぶん、と私は噴水へと引きずり込まれる。


「――――――っ!!」


 いきなり何!? その言葉は口から気泡となって出ていった。何、本当に何が起きたの? 冷たい水の中、水分を含んだ服がとても重くて、体にまとわりつく。苦しい、冷たい。何が起こった――と、私はそれを見て、目を見開いた。

 私の体に女の子が巻き付いている。女の子は無邪気にケタケタ笑っていた。


『おねえちゃん、ここで、わたしと住もう?』


 ようやく私は気づく。私は、この女の子に、ハメられた。


『一人は寂しいんだ。ねぇ、おねえちゃん、わたしといっしょに住もう?』


 その囁き声が波紋となって私の耳に届く。その響きは私の耳を通り抜けて、直接意識へと語りかけてきた。


『ねぇ、さびシイヨ』


 わかったから、その手を離して。その言葉も気泡となって消えていった。噴水はそんなに深くないはずなのに、上にある水面がやけに遠く感じる。私は彼女を振り払おうと必死になって手足をばたつかせるがどうにもならない。あ、危険かも。意識が遠くなってきた。次第に手足から力が抜けていく。意識も、遠くなっていった。


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