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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
二章 半妖狐少女と仮面少年の一戦目語り
14/37

【8】


 ――友達になろう。

 そう言った明日山琴音という一つ上の先輩――いや、半分妖狐という彼女に、オレは彼女との間に大きな溝を作った。

 友達になろう。

 それは、そのままの意味なはず。でも、オレはその言葉に喜べなかった。それどころか、それをきっかけに、胸の奥からどす黒いものが湧いてくるのが分かった。

 怒り。悲しみ。憎しみ――いわゆる負の感情。でも、一番、強かったのは憎悪かもしれない。

 そう、オレはその時、琴音先輩に憎悪を抱いた。

 それは何故? と、訊かれれば、オレは真っ先に答えるものがある。


「だって、すぐに裏切るだろ?」


 人間関係なんて、作ったって仕方がない。だって、すぐに裏切られるからだ。それをオレはよく知っている。知っているからこそ、オレは琴音先輩と距離を取った。

 わざとその場に待たせておいて、約束なんて果たすつもりもないから、そこへと戻らなかった。案の定、琴音先輩から呼び出しのラインが入ったけれど、それは無視。

 友達になろう、そのきっかけで生まれたオレの中にある憎悪やら怒りは、今もおさまる気配がなかった。もし、このまま琴音先輩と会えば、オレは憎悪のままに何かをしでかしてしまうような自身の中の危うさに気付いていた。だから、あえて距離を取った。

 別に、琴音先輩がどうなろうと関係ない。

 ただ、過去の憎悪に踊らされ、後悔するのが嫌だった。

 そして、危うい雰囲気を抱えるオレはそれを必死に隠し続けていたけれど、そういう時に限って、クラスメイトがわざわざ絡んできた。主にそれは昨日の帰りのこと。琴音先輩と帰ったところを誰かに見られていたらしく、「どういう関係なの?」と根掘り葉掘り訊かれてしまった。

 もう放っておいてくれ、というオレの胸の内なんて、クラスメイトは聞きやしない。

 さんざん振り回されて、もう我慢の限界だった。

 そして極めつけに、琴音先輩の呼び出しを無視して帰ろうとしたオレの前に、あろうことかその琴音先輩が立ち塞がった。オレは何とか彼女を避けたものの、きっと、琴音先輩は追いかけてくるはずだ。

 オレはひたすらにまっすぐに歩く。ようやく玄関先まで行って、靴を履き替えようとした時だった。


「お、綾人じゃん!」


 声をかけてきたのは、クラスメイトじゃない。他のクラスの生徒だった。男子生徒が三人、女子生徒が二人。制服は着崩し、染めた髪などいかにもチャラそうな外見で、まぁ、頭の中身も軽いんだろな、と思わせる集団だった。


「……何?」


 オレは笑顔で、それに応対する。それに気をよくしたのか、男子生徒が馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。そのことに、憎悪が膨らんでいく。


「これから、カラオケ行くんだけど? どう? 一緒にいかね?」


 そういうお前は誰なんだ。オレはお前のことを一切知らないのに、どうして、お前らとカラオケに行かなきゃいけないんだ?


「悪い、オレ、これから用事があってさ!」


 苦笑いで切り抜けようとするオレに、いかにも頭が軽そうな男が不満たらたらの顔をした。


「えー、何だよ、付き合い悪いじゃんかよー!」


 付き合いも何も、だから、オレはお前らのこと知らないんだってば。


「そうだよー、アタシたち友達じゃん?」


 女子二人がへらへらと笑いかけてくる。気持ちが悪い。

 誰が、〝友達〟だ?

 オレの笑顔に亀裂が入った気がした。オレは、お前たちと友達になったつもりはない。知人になったつもりもないし、こうして、馴れ馴れしく口を叩く仲でもない。見るからかに上辺だけの関係だけで、人を巻き込むな。旗が立つ。むかつく。――殴りたい。真っ黒い憎しみが、じわじわとオレの意識の端っこからかじっていく。

 このまま暴れよっかな?

 そう思った時だった。


「いた! 綾人くん!」


 まさかだった。避けようとしていた琴音先輩の声が、今にも憎悪に呑み込まれようとしていたオレの意識を取り戻した。

 オレは琴音先輩へと振り返る。


「もー! 探しちゃったよ! 先に帰ってるかと思えば、まだ校舎にいるし! それなら、慌てて駆けずり回ることもなかったのに!」


 琴音先輩の登場により、チャラい五人組が状況についていけず困惑気味の表情を浮かべた。琴音先輩は琴音先輩で今の状況をまったく見ていない。空気を読めないにも、ほどがあるだろ。


「あちこち探し回っちゃって久しぶりに運動したよー。……って、あれ、何? どうしたの?」


 琴音先輩がようやく今の状況を認めたらしかった。琴音先輩もまた困惑気味に、その場に立ち尽くす。


「え、誰、あれ?」


 チャラい女子生徒が、首を傾げた。その仕草もなんだか馬鹿っぽい。


「私は2―Bの明日山琴音だよ。そういう君たちは?」


 にっこりと笑顔でフレンドリーに挨拶する琴音先輩。たいして、チャラい五人組は挨拶を返すこともなく、互いに顔を見合わせる。


「どうして、琴音先輩、ここに? ここは一年の校舎だよ?」

「どうしても何も、綾人くんに会いに」

「何で、綾人に会いに?」

「友達になるために!」


 えっへん、と胸を張る琴音先輩。それに五人組はまた顔を見合わせて、


「あははははは!」


 と、思いきり笑い声を上げた。

 それに琴音先輩はきょとん、とする。耳元であんなバカみたいな笑い声をあげられて、不愉快だった。


「友達って、何それ!」

「おかしいー!」


 けらけらと笑う五人組に、今度は琴音先輩が首を傾げる番だった。


「何がおかしいの?」

「友達になるって、何それ、必死過ぎ!」

「え、そう?」

「必死過ぎでしょ! 何それ、先輩が後輩と友達になるために会いに来るなんて、おかしすぎ!」


 けらけら、あははは、と笑う五人組。琴音先輩はとても不思議そうに首を傾げていた。


「どうして、そんなにおかしいの?」

「はぁ? ていうかさ、上級生が下級生の校舎に来るなよ。先輩は先輩どうしでつるめばいーじゃん。一年生には一年生の付き合いがあるんだから」


 どんな付き合い方があるんだよ。そういうオレの心の内なんて、こいつらはきっと知らないだろう。どんどん苛立ちが募っていって、オレの中にある憎悪もなんだか鋭く研ぎ澄まされていく感じだった。

 琴音先輩はいまだきょとん、とオレたちを見ている。本当にわかっていなさそうな顔つきだった。


「あー、でも、先輩、可愛いね?」


 男子が一人、琴音先輩に近づく。確かに琴音先輩は一見すれば、小柄でふんわりとした可愛らしい雰囲気を持っていた。でも、その本性はまごうことなき、妖狐で。琴音先輩は自分よりも背の高い男子生徒を前にしても、特にその顔色を変えずに見上げていた。


「どう、先輩? 先輩も一緒にカラオケ行く?」


 男子生徒の言葉に、女子たちが「えー」と反対意見をもらす。でも、琴音先輩に声をかけた男子生徒は「いーじゃん、別に」と、明らかに下心が丸見えな下卑た笑みを浮かべていた。オレの予想としては、琴音先輩の性格からして「行くー!」と大はしゃぎで、こいつらについていくはずだ。

 おそらく声をかけた男子生徒もそうだったんだろう。男子生徒はオレと同じように馴れ馴れしく琴音先輩の肩に腕を回そうとして――、どん、と琴音先輩に突き飛ばされた。突き飛ばされると予想もしていなかったんだろう。男子生徒は何が起こったのかわからずに、目をぱちくりとさせていた。もちろん、オレもそうだった。


「――私、君のこと、嫌いだな」


 きっぱりと、はっきりと、琴音先輩は拒絶する。その目も、あからさまな嫌悪感が浮かんでいた。そんな表情を見たことがなくて、むしろ、そんな表情を浮かべることがあるんだと思い知って、本当に驚いたのはオレだったのかもしれない。


「な、な……!」


 拒絶の言葉に、隠すこともしない蔑視。それを男子生徒にも分かったんだろう。その顔に怒りが浮かんできた。


「この女……!」


 男子生徒は琴音先輩に詰め寄る。でも、琴音先輩は動じなかった。まっすぐに男子生徒を見つめて――睨み付けている。


「何、あれー?」

「すっげ、生意気」


 生意気なのはどっちだよ。そんなふうに毒づくオレに、チャラい女子生徒二人が近づいてくる。


「ね、あっちいこー」

「そうだよ、無視しなって」


 あははは。耳障りな笑い声が、オレの憎悪を逆なでする。あー、むかつく。できれば、こいいつらを殴り飛ばしたい。

 琴音先輩は襟元を掴みあげられている。そのせいで制服が持ち上がって、裾から肌が見えていた。でも、さすがそこは妖狐である賜物なのか、すごんでくる男子生徒に恐々としない。


「放っておこうよー」


 オレはそれでも琴音先輩のことが気になって、背後を振り返った。琴音先輩は男子生徒と睨み合いをしていた。


「あんな変な先輩なんか放っておいてさー。アタシたちと遊ぼうよー」


 けらけら、笑う女。そして、


「アタシたち、友達でしょー?」


 あ、爆発した、と感じた。オレの中で鋭く研ぎ澄まされていて、膨らんでいた憎悪が。オレはまだ琴音先輩を見つめていた。そんなオレに琴音先輩の視線がオレに向けられて、先輩の目が大きく見開く。

 そう思った時には、もう遅かった。

 オレの手首は女子生徒に向けられていて、


「え?」


 という、間抜けな女子生徒の声を聴きながら、その首を締め上げ――る寸前で、オレの手は琴音先輩によって掴まれていた。


「はーい、はい、はい!」


 男子生徒に掴みあげられていた先輩が、いつの間にか目の前にいる。にこにこと笑っているが、どことなくその笑顔が引きつっていた。


「さぁ、綾人くん、私と帰ろっか!」


 有無を言わせず、琴音先輩はオレの腕を引っ張る。オレは上履きのまま、外へと連れ出された。背後を振り返れば、呆然とオレたちを見送る五人組の姿が目に入った。

 オレは、今、明らかに先輩に助けられた。

 あの時、オレは女子生徒の首を掴んで締め上げようとした。その時のこと、頭が真っ黒で、とにかく「こいつをどうにかしなくては」という思いに駆られていた。その衝動のままに暴力をふるおうとしたのだけれど、その寸前で琴音先輩に助けられた。

 どうして、琴音先輩はオレを助けた? いや、オレを助けようとしたんじゃないのかもしれない。ただ、彼女の気まぐれが偶然にもオレを助けた形になったのかもしれなかった。

 そんな考えがぐるぐると回る。――もう、どっちでもいい。たとえどんな形であれ、琴音先輩の行動には絶対に裏があるはずだ。オレは絶対に信用しない。そう、心に新たな負のくすぶりを感じながら、オレは歯噛みした。



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