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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
二章 半妖狐少女と仮面少年の一戦目語り
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【5】


 約束の時間に、あっという間になってしまった。

 晴れ渡った青空。優しく吹き抜けていくそよ風。微かに甘い匂いが漂う空気。ここは北校舎の裏にある〝千本桜〟。

 さわさわとさざめく桜の枝に、風によって舞い散る桜吹雪。散ってしまった桜の花びらでできた絨毯。一面が淡いピンク色の幻想的な雰囲気が、私はとても好きだった。

 そんな大好きな風景に、心浸る余裕もなく私は桜の幹の陰から綾人くんを見る。


「何やってんだ、お前」

「あ、見つかっちゃった? というか、もう、素で行くんだね?」

「わざわざ見つけられるように隠れるな、うっとうしい。言っておくけど、〝いい子〟でいるのも大変なんだ」


 綾人くんは本当に面倒くさそうに顔を歪める。可愛い顔なのに、そんな顔をされるとどこかいたずらっ子のように見えるから不思議だった。

 私は木の幹からおずおずと出てきて、綾人くんの前に立つ。綾人くんは桜の木に寄りかかりながら、私を見据えている。

 何ていうのかな、綾人くんを見ているととてもちぐはぐしているように感じた。綾人くんの見た目はとても子供っぽい。男の子にしては童顔で、幼い輪郭をしていて、目もぱっちりとしているから、女の子っぽい印象があった。本人には言えないけど、中性的な感じ。でも、悪態をつく綾人くん、つまりは素でいる綾人くんは、どこか大人っぽい。口調こそ男の子って感じなんだけれど、その雰囲気、佇まい、その目つきが、高校一年生の男子のもではなかった。

 なんでだろう? とこうしてまじまじと見ても、その印象は拭えない。どうして、綾人くんはそうなんだろう、と考えても、わかるわけないんだけど。


「何? オレの顔に何かついてる?」

「うーん。いたって普通なんだけど、なんか違う」

「何の話だ?」


 首を傾げる綾人くん。うーん、可愛いんだけど、やっぱり何か違う。まぁ、いいか。それよりも気になることが一つ。


「それで、綾人くんはどうして視線が泳いでるの?」


 そう。綾人くんは桜の木に寄りかかって、私のことを睨んでいるのだけれど、どうしてか視線があちこちと動き回っている。落ち着きだってない。何か探しているようにも見えるし、違う、警戒している?

 綾人くんは桜から離れると、つかつかと私に近づいてきた。そして、がし、と両手で両肩を掴まれる。突然の近距離接近に、私が声にならない声を上げていると、綾人くんは顔を近づけてきた。近くなる鼻先と目。え、いったい、何が起こりかけているの? でも、その寸前で綾人くんがぴたりと止まる。


「おい」

「は、はい!!」

「あいつを何とかしろ!」


 ――あいつ? とは、どなた? 今度は私が首を傾げる番だった。あいつとはいったい、誰のこと? と考えて、あ、と思い至る。


「もしかして、ふゆくん?」

「冬だか、服だか知らないけど、あいつがオレの傍から離れないんだ! 何とかしろ!」

「あらま」


 幽霊嫌い――オカルト嫌いな綾人くんには言えないけど、確かにふゆくんがぴったりと綾人くんにくっついている。文字通りにその腕で綾人くんの腰に手を回して。何してんの、ふゆくん。 ふゆくんは私と目が合うと、にんまりと笑顔を浮かべた。心から楽しがっている表情だった。

 何だ、ふゆくんのことか。顔を近づけてくるから、何事かと思ったじゃん! 変な妄想しちゃったじゃん! そんな思いを隠して、私は苦笑いを浮かべた。うまく、隠せたかな?


「あー、気にしなくていいよ。たぶん、綾人くんが自分の姿を視ることができると知ったから、遊びたかったんだと思う」

「何だそれ! こっちはいい迷惑だ!」

「でしょうねぇ」


 私はふゆくんと視線を合わせるように腰をかがめる。


「ふゆくん、いたずらしちゃだめだよ」


 ふゆくんのにっこり笑顔が一転、不満そうに頬を膨らませた。でも、私の忠告をちゃんと聞いてくれたのか、すぐにいなくなった。


「もうふゆくんいなくなったよ」


 綾人くんはあからさまに、安堵する。そして、疲れ切ったようにまた桜に背中を預けた。


「くそ、何でオレがこんな目に……!」

「どうしてだろうね?」


 私がとぼけて言葉を返せば、ぎろり、と睨み付けられてしまった。みーちゃんも睨むと怖いけど、綾人くんも怖いね。


「ちっ」


 綾人くんに、思いきり舌打ちされました。


「綾人くん、それで、何の用?」


 私は綾人くんに呼び出されたことを思い出して、さっそく切り出す。呼び出されたからには、何か用事があるはずだ。

 綾人くんは「あぁ」と今さら思い出したようで(思い出せないほどに、ふゆくんの存在に振り回されていたのかも)、


「昼飯、買ってこい」


 と、何でもないことのように言い放った。


「お昼ごはん?」


 何を言われたのか、わからなくてもう一度訊き返す。


「そうだ。聞こえなかったか?」

「聞こえてたけど、なんで、お昼ごはん? 自分で買ってくればいいのに」

「面倒」


 本当に面倒くさそうに一言言って、綾人くんはスマホを取り出して、操作し始めた。もう私の意見を聞くつもりはさらさらないらしい。

 何で、私が綾人くんのお昼ごはんを買ってこなきゃいけないの? それくらい自分で買ってくればいいのに。そう心の中で訴えていると、綾人くんがスマホを出してきた。その画面いっぱいに、私の狐耳の姿が。


「行ってまいります」


 そうでした。私は彼の召使いでしたね。喜んで行かせていただきますとも!

 私はダッシュで購買へと向かった。



 何で、綾人くん自分でお昼ごはん買いに行かないのかな? というか、私、綾人くんが食べたいもの何も聞いてなかったや。ラインで聞く? どうしようか? ……ま、いっか。綾人くん、何でも食べそうだし。

 私は中央校舎の一階に来ていた。

 一階には食堂や購買が。二階には図書室、三階は多目的室がある。授業中はあまりここに生徒たちは来ないけれど、今はお昼時。多くの生徒たちで溢れかっている。ここの校舎は他の校舎と違って広い。全学年が集中するからだろうけどね。

 わいわいと盛り上がる食堂を抜けて、私は一目散に購買へ。そこには多くの生徒たちがパンを買おうと集まっていた。私は学食、もしくはお弁当派で、あまり購買には立ち寄らないから、こんなに人が集まるとは思わなかった。うーん、購買のおばちゃんが忙しそう。あ、綾人くんからお金も預かってない。結局、私が出す羽目になるのか。まぁ、それはいいとして。


「どうしよう?」


 大声を出しても、果たしておばちゃんのところまで届くのかな? むしろ、どういうパンがあるのか、人混みのせいでここからじゃ見えないからわからないし。

 困っている私の耳にくすくすと笑う声が聞こえた。

 私が天井を見上げると、そこにいたのは毛むくじゃらな何か。たぶん、それは動物霊が妖となった存在だ。私が困っているのを見て、楽しそうに笑っていた。まぁ、あの笑い方が少し頭にくるけれど、別に悪さをするわけじゃないし、放っておこう。

 私は人をかき分けてずんずんと前へと進む。もしかして、綾人くん、これが嫌だから私にこんなお使いをさせたのかな? そんな気がする。私だって購買は絶対に利用しないって、今決めたくらいだし。


「ごめんなさい、通して!」


 人ごみって何でこんなにも圧迫感が凄いんだろう。こんな人ごみに身を投じたことがないから、よけいに大変だった。かき分けて、突き進んで、もみくちゃにされて。ようやく前へと抜けた時だった。

 私は誰かの足に躓いて、おまけに、パンを買おうとした誰かの手によって思いきり背中を押されてしまった。


「え、わ、わわ!!」


 私はバランスが取れずによろめいて、でも、必死に態勢を整えようとしてけれど、時すでに遅し。私は購買の陳列棚へと派手に転がってしまった。私が突っ込んだことによって、並べてあったパンたちが水しぶきのように跳ねるのが視界の端でわかった。

 がしゃん、ばたん。という大きな音と、おばちゃんの「パンがーっ!!」という悲鳴と、生徒たちの「昼飯がっ!!」という怒声が響き渡る。そこまではよかった(よくないか)。でも、私が商品の陳列棚に倒れて、見事に押し倒してしまった時。一個のパンがぽーんと天高く跳ね上がった。それは、天井にいるあの妖のところまで飛んで行って、

 べしゃり、

 と、その妖の顔にぶち当たった。

 あ、と思ったのも、時すでに遅し。妖の顔には、コロッケパンのコロッケとソースと、千切りキャベツがべったりとくっついて、べしゃりと落ちた。

 その場がしん、と静まり返る。

 購買のおばちゃんと、お客様だった生徒たち。さらには天井にいた妖。私がしでかしてしまったことで、全員のある共通した思いが一致したことが何となくわかった。

 私は立ち上がって、みんなに向き直り、


「ごめんなさい!」


 大きな声で謝って、そして、一目散に逃げた。


「待てぇぇぇっ!!」


 みんなの怒号が私を追いかけてくる。怖い。怖すぎるよ! 確かに、悪いのは私だけどさ! しかも、妖が大きな犬となって私を追いかけてきた。もちろん、そんな妖の存在はみんなの目には見えない。たとえその犬が、二メートルくらいあって、食堂内を駆け回っても誰も気づかない。私だけが見えていた。


「ご、ごめんってばーっ!!」


 私の絶叫が、中央校舎に響き渡った。



 私はよろよろと〝千本桜〟へとようやくたどり着いた。桜の木の根元に綾人くんが幹を背もたれにして、座っている。そして、私の帰還に気付いて、顔を上げた。


「遅い! お前、いったい何を……!?」


 綾人くんのお叱りが途中で途切れた。それもそうだよね。私の背後には大きな犬がいるんだから。しかも牙をむきだして、低く唸っている。


「ご、ごめんね! お昼ごはん、買えなかった!」

「それよりも、その後ろの、いったいなんだ!?」

「え、犬?」

「見ればわかる! それがどうして、そんな大きさで、怒り狂っているのかを聞いているんだ!」

「え、えへ」

「何をしたんだ、お前!?」

「ちょっと、いろいろとありまして……!」

「ふざけんな!!」


 後ろにいる大犬の怒りよりも綾人くんの怒りの方が怖い。綾人くんは桜の幹に隠れると、「早く始末しろ!」と怒鳴っていた。隠れなくてもいいじゃん。ま、いいや。仕方ないね。

 私はくるり、と背後を振り返った。犬の鼻づらが私の前にある。その生温かい吐息が私の顔にかかって気持ち悪かった。犬は私に噛みつこうと大きく口を開く。びっしりと並んだ牙と、ぬらりとした舌が見えて、犬が私をかみ砕こうとした時、私は犬の前に手をかざして、ぱちん、と指を鳴らす。瞬間、ぱん、と青白い炎が弾けた。


『キャン!!』


 犬は悲鳴を上げると一目散に逃げていく。その後ろ姿を見ながら、私はどうよ、と胸を張った。さすがにみんなの目がある食堂じゃできないけど、ここなら堂々と追い払うことができる。だから、ここへと連れてきたんだけどね。私は綾人くんへと振り返る。


「どう?」

「どうって、何が?」

「私、あいつを追っ払ったんだよ? 凄いでしょ」


 綾人くんは木の幹から出てきた。そして、つかつかと私に近寄ると、どす、と手刀を頭に落とされる。


「痛い!」

「何が凄いでしょ、だ!? そんな得意い気になる前に、どうしてあいつを連れてきたんだ!?」

「痛い、痛い、痛い!」


 どす、どす、どす。手刀が何度も何度も頭に落とされた。


「というか、今の青いのは何だよ!?」

「俗にいう狐火、かな?」


 ちなみに綾人くん前で使うのは二回目。一回目は綾人くんのクラスメイトのケンカを止めるために使った。そのことを、綾人くんも思い出したのかもしれない。嫌そうに、顔が歪んだ。


「――――っ! くそ、これだから妖怪は!」

「違うもん! 私は生粋の人間だよ! 半分、妖狐の血が流れているだけで、ただの人間です!」

「生粋の人間が狐火を出せるか! しかも妖狐の血が流れている時点で、普通の人間じゃないだろ!」

「あ。綾人くんの右肩に何かが……」

「ぎゃーっっ!!」


 綾人くんが思いきり私から離れる。どん、と綾人くんの体が桜に衝突。ついで、後頭部を強かに打ち付けたようで、頭を押さえてうずくまってしまった。ちなみに綾人くんの右肩に憑りつこうしていた浮遊霊はふわりとどこかへと消える。そんなこともつゆ知らず、綾人くんは「殺す」と不穏な言葉を吐いた。怖いよ。


「……で?」


 綾人くんの地の底から這い出るような重くて暗い声に、私の背筋に悪寒が走った。で、とは何のことだろう?


「で? オレの昼飯を買い忘れたって?」

「……あ」


 そうだった。さっきの騒動で、すっかりと忘れていた。


「えーと……」

「……」

「あの、大きな犬が食べちゃいました」


 えへ、とごまかすように笑えば、綾人くんが沈黙する。その沈黙がひたすらに怖かった。確かに、今回は私が悪い。パン一つも買えず、さらには騒動を巻き起こした。召使い失格だ。いや、召使いになりたくてなったんじゃないのだけれど。

 綾人くんは何も言わずに立ち上がる。そして、そのまま私を置いて、校舎へと戻ろうとした。私は慌てて、綾人くんの後を追う。


「ま、待って! 綾人くん!」

「……」

「ごめん! 今度は買ってくるから! ちゃんとするから!」


 何で私はこんなにも懇願するように言っているのかな? 綾人くんの沈黙が怖いから? 綾人くんの願いを遂行できなかったから? それともパンも買ってこられないパシリの写真をばらまかれると思っているから? わからない。でも、このままじゃ嫌だった。


「綾人くん、お願いだから!」


 私は黙々と歩き続ける綾人くんに、必死になって手を伸ばす。でも綾人くんは立ち止まってはくれなかった。

 私は呆然とその背中を見送る。


「もしかして……」


 もしかしなくても、私は嫌われた?


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