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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
二章 半妖狐少女と仮面少年の一戦目語り
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【4】


 玖大高等学校の北校舎。その一階の一番奥にある1―A。そこがオレ、皆島綾人が所属するクラスだった。

 この高校――通称・玖高を選んだのは、特に志望理由はない。ただ、ほどほどに家に近いからだ。(表面上)仲良くなった生徒が家に気軽に遊びに来れないくらいには遠く、でも、家から学校までの通学時間が長いというほど遠くもない。そんな理由で、オレはこの玖高を受けて、あっさりと合格して、今に至る。

 高校の新生活の滑り出しは順調といえば順調で。でも、やっぱり少しだけ性格を変えておけばよかったという後悔もある。

 オレは自分でいうのもなんだけれど、外面がいい。いや、外面をよくしている。にっこりと笑い、冗談を言って笑いを誘い、さりげに困っている人を助けて。まさに〝いい人〟の仮面を被っている。でも、あまりにも人が好過ぎると、利用しようとする奴が現れるから、それなりに〝意志の強い人〟の仮面を被って、率先して動く。そうすれば、人気者の出来上がりだった。

 そのおかげで新生活のスタートと同時に、うわべだけの友人たちが多くできた。多くできすぎて、逆に煩わしいこともあるけれど、人が多ければ多いほど、利用がしやすい。だから、それはそれで我慢するしかない。そこだけ目をつぶれば、滑り出しは順調そのもの。

 けれど、誤算が一つ。

 それは、あの時、――〝妖怪〟と出会ってしまったことがきっかけだった。

 文系コース。2―B所属。明日山琴音。

 見た目はどちらかというと可愛い女子、といった感じだった。ふんわりとした柔らかそうな栗色の髪の毛。色素が薄く、ぱっちりとした目。小柄で、華奢で。雰囲気は、穏やかそうだった。可愛くて、守ってあげたい女子とはこんな感じだと思っていたのに、中身はとんでもないものだった。

 彼女と初めて会った時は、とても衝撃的だった。不良の先輩方を完膚なきまでに叩きのめしている姿を見て、この世界にここまで暴力をふるえる女子がいるんだ、と軽くショックを受けた。

でも、それ以上に衝撃的だったのは、彼女の耳には動物――狐の耳がちょこん、と生えていたことだった。

 最初は偽物かと思った。よくある猫耳カチューシャのその狐版。ふざけて、そんなアクセサリーをつけているのかと思った。でも、その存在感、質感、毛並み、その他もろもろの現実感に、オレはそれが〝本物〟だと直感した。苦手なものは得てして、苦手で嫌いなものだから意識が自然とそれに注視してしまい、そして、それに気付かなければいいのにそれが本物だと理解してしまうことの方が多い。今のオレが、まさにそれだった。

 その狐の耳を見て、オレはその女子生徒は人間じゃないと気づいた。

 桜の木の下で狐の耳をはやした琴音先輩の姿を見て、オレは恐怖心から何もかもが凍り付いて。琴音先輩も自分の狐耳をはやしていることに気付いてから固まって、そして、琴音先輩は何を言うでもなく去って行ってしまった。それが最初の出会いの、最終結果。

 そして、今日、琴音先輩はオレのクラスへと来た。

 偶然、喧嘩していたクラスメイトの仲裁に入ったけれど、止められず、琴音先輩はブチ切れて何かをした。あれが妖術か何かは知らない。でも。オレは琴音先輩の腕を掴んで逃げ出した。

 オレはとある理由から妖怪とかオカルトめいた話が大嫌いだった。

 正直、琴音先輩とは距離を置きたかったけれど、そうはいかないと確信していた。琴音先輩は、自分の秘密を知ったオレを放っておくことができないだろうし、それに、オレとしてもこの絶好の機会を逃がすつもりはなかったから。

 それからは、あの通りの展開になった。まぁ、琴音先輩は幽霊が見える人で(妖怪だから当然か)、オレ自身も幽霊を見てしまったのは最大の誤算だけれど。でも、もくろみ通りに、琴音先輩を、手に入れることができた。もちろん、その意味は異性とかの話じゃなくて、あくまでも、利用できる物として、ということだ。

 オレは別に琴音先輩の正体を言いふらすつもりは全くない。だって、「あの女子生徒は実は狐で、証拠写真だってあるんだ」と言っても、この現代で誰が信じるというのだろうか?

 昔の人間なら信じるだろうけれど、科学が発展したこの世の中、そんな幻想に誰がとらわれるのだろう。そんな世の中で、オレが琴音先輩のことを言いふらしても、オレが痛いヤツとみられるのがオチだ。琴音先輩は弱みを握られたのだから、それどころじゃないだろうけれど。

 琴音先輩を手に入れて、従えさせることができれば、オレはこれからとても有利な人生を送れる。その確信があった。人間を利用しても、役に立つのは人間ができる狭い範囲だけであり、

でも、そこが妖怪となれば、人間ができる範囲以上のことができるはずだ。

 それを利用する手はないだろう。

 そう考えれば、オレは最高の利用価値があるものを手に入れた。

 そう思っていたのに。

 あのお昼休みが過ぎて、五時限目が終わったわずかな休憩時間。教室内は授業が終わった後の気怠さと、あと一時限で終わることへの期待、授業が終わったらどこに寄り道しようかなど、それぞれの喧騒で満ちていた。もちろん、オレもそうだった。


「え、トラブルメーカー?」


 オレはきょとん、という風に訊き返す。内心では動揺で揺れまくっていた。でもそれを表に出すことなく、友人を見る。


「そ。西校舎にある2―Bにいる先輩女子。名前は何て言ったっけな……確か〝琴〟っていう漢字が入ってたと思うんだけど。その女子がすごいトラブルメーカーで、一日に何回かはトラブル起こしてるんだって。でも、トラブルを起こしてるっていうのに、なぜか退学にならないという。今の玖高の七不思議の一つに数えられているらしいぞ」


 友人が、「ほんとかよ」なんて笑いあっていた。オレもつられて笑うが、内心はそれどころじゃない。もう焦りに焦っていた。

 2―Bの先輩女子。〝琴〟がつく名前。それはもう、明日山琴音、その人じゃないか。半分人間で、半分妖怪という、半人半妖のハーフ。オレが嫌いなオカルト属性を半分も秘めている存在。

 それが――トラブルメーカー? しかも、この学校では有名人らしい。琴音先輩に関しての情報を探ったが、何故かトラブルメーカーだという情報はつかめなかった。そんな話があるなら、従えさせることを少しは考えたのだけれど。

 ――早まったか?

 久しぶりに巨大な不安を抱える羽目になった。トラブルメーカーの半人半妖を抱えてしまった今、これからどうなるかが全くわからなかった。爆弾を抱えてしまった不安は、どこまでも大きく膨らんでいき、それが破裂するのか、それともしぼむのかはわからない。こんなことは、初めてだから。

 ふと、視界の端に何かが映り込む。

〝それ〟が何なのかわからないが、でも、直感で〝視てはいけないモノ〟だということはわかった。ほら、虫嫌いな人間がいち早く虫の存在に気付くというそれに近い。オレの場合、虫ではなく、オカルトだけれど。でも、そういう風に認識してしまった今、そこに〝存在〟しているという確信がある。


「……綾人? どうした? 顔色悪いぞ?」

「え? そうか?」


 にっこりと笑う裏では、冷汗がひどかった。

 琴音先輩に〝そういうもの〟が取り払われるまで、オレは頭痛に悩まされていた。無論、当時のオレは〝そういうもの〟に憑かれているとは思わず、でも、琴音先輩に〝そういうもの〟を見せられた時の衝撃は忘れられない。けれど、それ以来、頭痛や体調不良はなく、むしろ気分爽快になった。おそらく、やっぱり〝そういうもの〟が原因だったと嫌々ながらも理解した。

 一つ、懸念が生まれた。

 オレは生まれて初めて〝そういうもの〟を視たことがなかった。

 でも、今日、視てしまった。

 琴音先輩が取り払ってくれた生首と、あの幼い少年の霊を。琴音先輩は、半分は人間で半分はオカルトな存在だ。今考えると、迂闊といえば迂闊だ。オカルトな存在であるということは、もちろん、オカルトへの接触があるというわけだ。そして、一度でもオカルトな存在と出会ってしまえば、否が応でもオカルトの存在が視えてしまうのではないか、という懸念。それが杞憂に終わってくれればよかった。でも、そういうのに限って、杞憂では終わらない。そもそも、琴音先輩自身が言っていた。琴音先輩の中に流れる妖の気に触発されて、そういう類いのものが見えたりするかも、と。

 それは見事に、的中していた。

 オレの目の端で、誰かがオレに向かって手を振っていた。まるで親し気に、何の遠慮もなく――オレが視えていると知って。

 オレは全力で視ないふり、聞こえないふり、気づかないふりを徹底的に貫き通す。でも、いる。確かにいる。そこに。琴音先輩と一緒にいた、あの時の少年の霊が。


「おいおい、大丈夫か? 保健室行くか?」

「顔色悪いぞ?」

「え、綾人くん、病気?」


 オレの隠しきれない異変に気付いてか、わらわらとみんなが集まってくる。よかった。これであいつは見えない。オレはごまかすように笑った。


「悪い悪い。何でもないよ」


 照れたように、苦笑い。それにみんなが「なんだー」と言い合って、それから雑談を始めようとした時だった。


『何で、無視するんだよ!』


 何で、声をかけてくるんだよ!

 耳元で聞こえた不満を訴える幼い声に、オレは心の中で絶叫した。表面上には出てなかったはず。

 これも、噂に聞く琴音先輩のトラブルの影響かと思うと、やっぱり琴音先輩と関わらなければよかったと心底痛感した。



* * *



 あの可愛くて、でも、腹黒い皆島綾人くんの召使いとなった翌日。私は普通に登校していた。

 昨日、召使いとして厳命されて以来、私はびくびくと綾人くんからの連絡を警戒していた。いつ何時(なんどき)に彼に呼び出されるかわからない。でも彼に呼び出されれば、すぐさま向かわなければ秘密がばらされる。その恐怖に怯えながら。けれど、恐怖に震えながら綾人くんの呼び出しを待っていたけれど、今になっても連絡がくることはなかった。呼び出されて何が何でも彼のもとに向かうというのは嫌だけれど、こうして何もなければないで何だか肩透かしをくらった気分になる。召使いとされるくらいだから、とことん利用されるのかと思ったけれど、別にそうでもないらしかった。何なんだよ、もう。いや、別に呼び出されて、あれこれ命令されてほしいわけじゃないけどね。でも、警戒し続けていた分、何もなかったことで意気消沈。私は今日もまた机に突っ伏していた。

 今日も今日で2―Bのクラス内は相変わらず日常通り。クラスメイトたちは思い思いに過ごしている。そんな日常の喧騒を聞きながら、私は溜め息をついた。


「琴音、うるさい」


 私の席の前に座っているのは桐戸美月ことみーちゃん。今日も冷たいですね。みーちゃんはまたいつものようにスマホに目を落としていた。


「だって、みーちゃん!」

「何? 恋バナは聞くつもりはないから」

「みーちゃん、今日も絶好調……!」


 みーちゃんは私の机に頬杖をついて、深く深く溜め息をつく。何とも気だるげに、仕方なさそうに、しょうがないから話だけ聞いてあげるか、的な雰囲気で、


「何があったの? 簡潔に言って」


 ぎろり、と睨み付けられた。クールビューティなみーちゃんの鋭い目で睨まれれば、私の心臓は恐怖できゅ、と縮こまる。マジで怖いです。


「私……」

「何?」

「召使いになりました」

「は!?」


 がたん、と席を揺らすくらいにみーちゃんが驚いた。私もその驚きようにびっくり。まぁ、普通、日常生活で召使いなんて聞かないよね。


「何がどうして、そうなったの? いや、むしろ、何の話!?」

「……えーと……」


 綾人くんが私の秘密を握って、私を召使いとして任命しました。そういうのは簡単だけど、絶対に言えないよね。ただ「召使いになった」という言葉は、みーちゃんをひどく混乱させたらしい。


「え? 何がどうなって? え? え?」


 私を置いてけぼりに、混乱しきっている。こんなみーちゃんを見るのは初めてです。

 不意に私のスマホが軽快なメロディとともに、通知を知らせた。どきり、とする。もしかして? と、スマホを見れば、綾人くんからでした。

 恐る恐る私はラインを見る。呼び出しだったら早く行かなれば。どきどきと鳴る心臓をなだめながらラインを開くと、

『昼休み、裏の千本桜で』

 と、スタンプも何もない簡潔な用事だけが表示されていた。呼び出しだけれど、今すぐの呼び出しじゃなくて良かったと胸をなでおろすと同時に、ついに呼び出されてしまったという不安がじわじわと押し寄せてきた。これから本当にどうなるのだろう? まぁ、とりあえず返信しよう。どう返事しようか悩んだ末、まぁ、召使いだしね。

『綾人くんの仰せのままに(*^^)v』

 ついでにスタンプも送ってみた。

 すぐに既読になったけど、返事はありませんでした。悲しいね。

 私はそんなそっけないやり取りを見て、また溜め息が出てしまう。こんな主従関係みたいなのは、嫌だな。もっと、そういうのじゃなくて普通の友達――期待するならそれ以上の関係になりたいなぁ。そう心の中でぼやけば。


「ちょっと待って! アンタの好きな人がアンタを召使いに!? 意味が分からない! 彼女持ちのくせにアンタをたぶらかした奴はどこの誰!? あたしが張っ倒してあげるわ!」


 こういう場合、張っ倒されるのは綾人くんだよね。それよりも、みーちゃんの頭の中で、どんなストーリーが出来上がったんだろう。みーちゃんは「早く言いなさい」と、綾人くんを張っ倒すどころか、私を締め上げる勢いで詰め寄ってきた。何だか、私がみーちゃんに倒されそうです。でも、普段のクールさはなく、本気で怒ってくれるみーちゃんが私は大好きなんだよね。冷たくで、毒を吐いて、怖いけど。

 そんなみーちゃんとも別れたくないから、お昼休み綾人くんに会いに行こう。


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