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ザ☆旅行記Ⅷ 愚劣かつ下劣な話  作者: 小宮登志子
第2章 バイソン市への招待
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太った男

 大広間は、どこそこの公爵や侯爵や伯爵のほか、大商人や魔法アカデミーの大物等々で溢れかえっていて、お互いに肩と肩が触れ合わないように立っているのがやっとという状態だった。

 パーシュ=カーニス評議員は、珍しくチッと舌打ちすると、

「まいりましたな。最初に挨拶だけと思ったけれど、これでは、帝国宰相に近づくことさえ難しいでしょうな。いっそのこと、このまま帰ってしまうかな」

 冗談なのか本気なのか分からないが、評議員は、言ってみればマイペースに、

「私は適当に引き揚げます。あなたも、まあ、程々にしておくがよろしかろう」

 と、忠告とも予言ともつかぬ言葉を残し、そよ風のように人混みの中に姿を消した。

 プチドラは、パーシュ=カーニス評議員を見送ると、うんざりとしたようにわたしを見上げ、

「マスター、どうするの? 受付で名前を書いたから、形の上では一応出席ということで、このまま帰っても、多分、大丈夫だよ」

「そうね。名前を書いて出席扱いしてくれるなら、帰りましょう。こんな馬鹿馬鹿しいことに、いつまでも付き合ってられないわ」

 わたしはくるりと向きを変え、人と人の間を縫うようにして大広間を出た。幸いなことに、帝国宰相にもツンドラ候にも顔を合わさなかった。二人とも、葬儀委員会の仕事で忙しいのだろう。


 大広間を出て廊下を歩いていると、不意にプチドラが耳をぴんと立て、

「マスター、あの柱の陰に誰かいるよ」

 わたしが立ち止まると、その柱の影から、でっぷりと太った男が顔を出した。男はテカテカと脂ぎった顔を光らせて、ニコニコと笑みを浮かべている。これほど一件明白に怪しいのも珍しいだろう。

 男は突き出した腹を揺らしてわたしに近寄り、

「これはこれは、あなた様は、ひょっとするとカトリーナ・エマ・エリザベス・ブラッドウッド伯爵様でいらっしゃいますかな。これぞ天の導き。私めは、本当に運がいい」

 と、ぶくぶくと太った右手を差し出した。

 プチドラは、牙をむき出しにして、「ウ~」と唸り声を上げている。

 男は、今にも噛みつかんばかりのプチドラの剣幕に驚いたのか、右手を引っ込めると、

「これは失礼いたしました。私めは、けっして怪しい者ではありません。今しがた、宮殿の大広間で出席者名簿に記帳してきたばかりでございましてな。ルイス・マンフレッド・アイアンホースと申しまして、帝国の中央部を流れる大河の中流域、バイソン市の市長をしております」

「その、市長さんが、このわたしに、なんの用かしら?」

「ひと言で申し上げますと、つまり、商談でございます。こんなところで立ち話も、なんと言いますか……ですな。帝都にはバイソン市の出先機関がありましてな。興味がございましたら、そちらにお立ち寄りいただければと……」

 男は、「バイソン市長アイアンホース」というサイン入りの、出先機関までの地図をわたしに押し付けると、何度も頭を下げ、そそくさと立ち去った。この男、一体、何者???

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