午餐
ドアが開き、その隙間から、まさにブタ、アイアンホースが顔を出した。
「パトリシアよ、今戻ったぞ。一人で寂しく、いや、伯爵様がいらっしゃるのだったな。これは失礼」
「お父様、お帰りなさい。うれしいわ。わたしのために、急いで戻ってきてくれたのね」
パトリシアは、先程まで「ブタ」とか「脂肪の固まり」とか罵倒していたのがウソのような変わりよう。アイアンホースは、ブヨブヨとゴム風船のような体でパトリシアを抱きしめた(なお、彼女はわたしに背中を向けていたので、どんな顔をしているのかは分からない)。
アイアンホースは、何度も頬ずり(!)してからパトリシアを放し、
「伯爵様、せっかくですから、我々と午餐でも楽しんでいきませんか。精一杯、おもてなしいたしますよ」
選挙前のこの大変な時期に、そんな、のんびりと構えている余裕はないだろう。でも、ブライアンの所には朝から出かけたから、今は丁度お昼時。タダ飯を食べさせてもらえるなら、断る理由はない。
「ありがとう、いただくわ」
「そうですか、それは、私どもにとっても、ありがたき幸せ。さあ、さあ、伯爵様、どうぞ、こちらへ」
案内された部屋には、無意味に長いテーブルや、装飾過剰の高価そうな椅子が3つ置かれていた。以前、パトリシアとふたりで食事したところだ。テーブルの上には、用意がいいことに、既に3人分の前菜が用意されている。
アイアンホースは真っ先に席に着くと、
「さあ、伯爵様、ご遠慮なさらず、どうぞ、お上がり下さい」
そう言い終わる前に、アイアンホースは既に前菜を平らげていた。パトリシアは、行儀の悪さを見かねてか、アイアンホースに冷ややかな視線を投げかけているが、彼自身は食事に集中しているせいか、まったく気がついていないようだ。
アイアンホースは、よほど気分がよかったのだろう、山と盛られた料理を次々と平らげ、自分一人だけで一方的に喋りまくった。自分がいかにスゴイ(偉大な市長)かみたいな、食事しながらでなければ居眠りしてしまいそうな退屈な内容のほか、「パトリシアとの仲直りを記念して、この日をバイソン市の休日『和解の日』にするよう、大急ぎで指示を出してきた」という職権濫用の自白まで。
でも、本来は、こんな話ではなく、真剣に選挙対策の議論をしなければならないはずだ。当の本人がこれでは、「いかに温厚なわたしでも……」と、そう思っていると、隣に座っていたパトリシアが、体をわなわなと震わせ、突然、手のひらでテーブルをドンと叩いた。
アイアンホースはギョッとして立ち上がり、心配そうな表情でパトリシアを見つめ、
「ああ、パトリシアよ、一体、どうしたのだ?」
「いえ、なんともないわ。ごめんなさい」
パトリシアはニッコリと、すぐに笑顔を作って言った。でも、その瞬間の彼女の顔面は引きつり、この先、なんだか、タダでは済まないような予感……




