ウザくて気味の悪い脂肪の塊
パトリシアは、昨日の暴れっぷりがウソのような陽気で、わたしの手を取り、
「ようこそ、伯爵様、また会えて、とってもうれしいわ!」
すると、アイアンホースはパトリシアの肩をポンとたたき(しかし、その瞬間、パトリシアは顔をしかめた)、
「パトリシア、しばらくの間、伯爵様と話をしているがいい。今日はとてもすばらしい日だからね。そうだ、今日を記念日にしよう。早速、その準備をしなければ! おい、ジンク、ちょっと来い!!」
そして、ジンクを伴って、(わたしが乗ってきた)馬車に乗り、どこか(市庁舎だろうか?)へ行ってしまった。アイアンホースはまるで風のように、いわゆる「突っ込み」を入れるヒマさえないくらい、素早かった。
二人の姿が見えなくなると、パトリシアは、「ふぅー」と口から息を吐き出し、
「あの人の言うとおりね、単純バカは扱いやすいわ」
「単純バカって?」
「そうよ。あのブタ、ウザイだけの脂肪の固まりよ。このところは、気味悪さにさらに磨きがかかってきたわ」
散々な言われようだけど、「ウザイ」とか「脂肪の固まり」がアイアンホースを指すことは明らか。
「ねえ、伯爵様、わたしの部屋に来ない?」
パトリシアは、わたしの手を引き、こちらの都合などお構いなしに、半ば強制的に連行していくような形で、自分の部屋に連れ込んだ。部屋は広々として(30畳以上あるだろうか)、その中に、華美な装飾を施された椅子やテーブルやその他諸々の生活用品の他、いかにも「女の子」らしく、ぬいぐるみやおもちゃなどの小物がひしめき合っていた。
わたしは部屋の中を見回しながら、プチドラをテーブルの上に座らせ、
「昨日はお父様とすごいことになってたようだけど、今日は一転して…… どういうことか、教えてくれない?」
「別に、どうということはないわ。少しばかり優しくてやったら、勝手に浮かれて舞い上がったのよ。ブタのツラを拝まされるのも今日までと思えば、多少のことはガマンよ」
「えっ、『今日まで』って?」
「あら…… でも、なんでもないわ。気にしないで。伯爵様には関係のない話だから」
そのように言われると、何かとても重要な話のように聞こえてしまう。詳細を尋ねようとしても、パトリシアは「なんでもない」とか「伯爵様には関係ない」とか繰り返すばかりだった。気になるけど、わたしに話す気は毛頭なさそうだし、しつこくきいても嫌がられるだけだろう。この程度で止めにしよう。
部屋でパトリシアと取り留めのない話をしていると、やがて、トントコトンと(独特のリズムを付けて)ドアをノックする音が聞こえた。
すると、パトリシアは「チッ」と舌打ちし、
「また来やがったのね、あのブタ」
トントコトンがアイアンホース独特の調子なのだろう。思いのほか早く、用事を済ませて戻ってきたようだ。




