ブライアンの秘密
倒れ込んだブライアンを見下ろしていると、やがて、部屋の外から「大変だぁ!」という(少し間が抜けた)声やドタバタという靴音が聞こえてきた。御者は予定通りに動いてくれたようだ。でも、ブライアンの予想外の反応のため、当初の予定との関係では、意味がなくなっている。なお、部屋には、御者ばかりではなく、秘書のパークも一緒に駆け込んできた。
パークは、白目をむいて泡を吹いて正体を失っているブライアンを見ると、あわてて彼のもとに駆け寄り、
「先生、しっかりしてください! 一体、どうなされたんですか!!」
しかし、ブライアンは朦朧とした意識で、だらしなく口を開けて「アババババ」と無意味な唸り声を発するばかり。意識がハッキリするまでは、もう少し時間がかかりそうだ。
パークはわたしの方に向き直り、
「あの、伯爵様、え~と、先程から、何があったんですか?」
「それはむしろ、こちらがききたいくらいだわ。わたしが『物理的に』接近したら、ブライアンさんは、異常なほどに脅えて逃げ回るのよ。この人、一体、ナニモノなの?」
すると、パークは額に手を当てて天を仰いだ。そして、「ふー」と、ひとつ、ため息をつき、
「実は、ブライアンは稀代の『女嫌い』なんです」
話によれば、ブライアンは女性を大いに苦手としていて、何よりも女性に触られるのが大嫌いらしい。のみならず、接触した部分には、じんましんを発症するとか、その日1日は高熱でうなされるとか、とにかくすごい、尋常ではないとのこと。
「そうだったの、知らなかったわ。でも、どうしてそんなことに?」
「私もよく知りませんが…… 聞いた話ですと、ブライアンには3人の姉がいて、子供の頃によくいじめられたので、それがトラウマになっているということのようですが……」
パークは、そんなことを言いながら、ブライアンを介抱している。御者は、事情がサッパリ分からないので、困惑げに部屋の中をキョロキョロと見回すばかり。
わたしはプチドラを抱き上げると、御者の腕を引っ張り、
「それじゃ、わたしはこれで。パークさん、後はよろしく」
とりあえず、その場から退散、わき目もふらず馬車に乗った。
以上のように、お金、お酒と続き、最後の手段も失敗。これからどうするか。思いつくのは、「奥の手」として、ブライアンを亡き者にしてしまうとか、あるいは、彼に精神的苦痛を与えるために美女を何十人も送りつけるとか……
「え~っと、これからどちらへ向かいますか?」
考えこんでいると、御者台から声が聞こえた。そういえば、行き先は、まだ、告げていない。
「そうね、とりあえず、アイアンホース…… そう、市長公邸までお願いするわ」
アイアンホースには、一応、結果報告その他諸々の話をしておこう。今日は休暇を取って、ジンクともども公邸にいるらしいから。ただ、本当に無事でいるかどうかは保障の限りでなかったりして……




