「ムフフの仲」
パトリシアが家庭教師とムフフの仲になってしまっただけでも大いにショッキングな出来事だけれど、驚愕の事実は、これだけではなかった。娘の様子を不審に思ったアイアンホースが密かに調査を行ったところ、その家庭教師が反体制的な秘密サークルに所属していたことが判明した(ただ、調べてすぐに分かるくらいだから、秘密サークルと言っても大したものではない)。アイアンホースは、その家庭教師を解雇して市長公邸への出入りを禁止するだけではなく、大学からの(永久)追放処分を行った。
「なるほどね。でも、これで一件落着というわけ?」
「いえ、これからがいいところで…… いえ、失礼」
ジンクは、最初のうちは渋っていた割に、今では結構ノリノリだったりして……
ところが、事は、アイアンホースが家庭教師を解雇するくらいでは収まらなかった。父に不信感を抱いたパトリシアは、早い話、グレた。政府による国民生活への統制が行き届いているこの町では、深夜徘徊して悪い仲間とつき合うようなことにはならないものの、家庭教師は、アイアンホースのいない間にこっそりと市長公邸に侵入し、パトリシアと「ムフフの仲」を継続していた。このことを知らないのはアイアンホース本人だけだった。使用人も、秘書を務めるジンクでさえも、これまでのように、いや、これまで以上に激しくふたりが「ムフフ」となっていたことに気付いていたが、誰もアイアンホースに知らせようとしなかった。そうする義理も義務もないし、知らせた途端に逆上したアイアンホースから(理由もなく)半殺しにされることが明らかだったから。
「パトリシアとアイアンホースの不仲の原因は分かったわ。ところで、その家庭教師って、何者なの?」
「サイモン・パーク、現在、市長選の対立候補であるブライアン氏の秘書をしています。」
今となっては、あまり意外な感じはしないが、そういうことらしい。ということは、市長公邸から出てきた白い羽根帽子の男の正体は、やはり……
「私自身で素顔を確認したわけではありませんが、間違いないでしょう」
ジンクは、にやけた顔をして言った。白い羽帽子のひとりの正体がパークという見当がついているなら、アイアンホースに教えてやればよさそうなものだが、やはり、教える義理も義務もないということだろう。
パーク以外の白い羽根帽子や、ゲリラ的なブライアン応援演説など、細かいところで不明なことは多いが、一応、アイアンホースの「家庭の事情」は分かった。納得したところで、馬車は再び動き出し、市長公邸の正面玄関に到着。
ところが、馬車を降りたわたしを待っていたのは、
「バカ! この、ブタ!! くたばりやがれ、ゲス野郎!!!」
と、玄関先でアイアンホースをボコボコにしているパトリシアだった。アイアンホースは額から血を流し、白目をむいている。修羅場は継続中のようだ。
ジンクは「ああ」と天を仰ぐと、わたしの方に向き直って頭を下げ、右手を馬車に向けた。アイアンホースが人事不省なら仕方がない、今日は宿所に戻ることにしよう。




