家庭の事情
ジンクは、フゥーと大きく息を吐き、
「実はなんと言いますか……」
「大体の想像はつくわ。なんとも言いようのない家庭の事情でしょ」
するとジンクは無言でうなずいた。彼の話によれば、今朝のパトリシアの機嫌が悪かったので、アイアンホースが予定を切り上げて昼過ぎに市長公邸に戻ると、突然、パトリシアの怒りが爆発したとのこと。そこで、なぜだか、「同性で同世代の伯爵様を呼べ」ということになったらしい。わたしが口を出すような問題ではないと思うけど、アイアンホースがそう言うなら、仕方がない。わたしはプチドラを抱き、ジンクとともに馬車に乗った。
馬車は、小奇麗な石畳の道を、いつもよりも急ぎ気味に進んでいく。選挙が近いというのに、家庭の事情で右往左往しているようでは困るのだが……
ジンクは疲れた顔で、ぼんやりと窓の外を眺めている。気苦労が絶えないのだろう。でも、なんだか、お互い黙っているのも重苦しい感じがするので、
「ところで、ジンクさん、どうしてアイアンホース市長とパトリシアは仲がよろしくないのでしょうか」
「それはちょっと…… 伯爵様がおっしゃったように、『家庭の事情』もありまして、そこは……」
ジンクは言葉を濁した。アッサリ白状してくれれば、「へえ、そう」で済むのに、こんな答え方をされると、かえって興味を掻き立てられてしまう。
「そこは、なんなのかしら? とっても気になるわ。ここだけの話にしてあげるから、言っちゃいなさいよ」
「ですから、あの…… それはちょっと、え~、『ここだけの話』としましても、やはりそこは……」
他人に知られるとマズイ話なのだろうか。ジンクは「あ~」とか「う~」とか苦しそうに言葉を詰まらせながら、核心部分については話そうとしない。
馬車は、清潔な、しかし人通りの少ない通りを進み、既に、市長公邸を囲む灰色の壁のところに差し掛かっている。もうすぐ市長公邸に到着するだろう。残念だけど、今回は、アイアンホースの「家庭の事情」を聞きだせず仕舞いに終わるかもしれない。
ところが、その時、プチドラがにわかに耳をピンと立て、わたしの肩によじ登った。そして、しっぽの先を意味ありげに窓に向ける。何かあるのだろうか。チラリと窓の外に目を遣ると、そこにいたのは、あろうことか、白い衣服の上に白いマントをなびかせ、白い羽根帽子に白いアイマスクという、いつもの白い羽根帽子の男だった。彼は飛ぶように、カーブでスピードを落とした馬車の脇を、反対方向に駆け抜けていった。
わたしは思わず腰を上げ、
「ジンクさん、今のは見ましたよね! 白い羽根帽子の男です!!」
「えっ!? あっ、いや、それは…… え~っと、なんのことでしょう」
ジンクの声は上ずっていた。頬をピクピクと引きつらせている。狼狽しているのは明らか(というか、これほど丸分かりなのも珍しいくらい)。白い羽根帽子も関係してるみたいだけど、一体、どんな話なんだか……




