最後の手段
ブライアンが白目をむいて倒れたことから、当然、事務所は大騒ぎ。わたしはパークに、「それじゃ、よろしく」と、ひと言、声をかけると、事務所を出て馬車に乗り、来た道を反対に戻り始めた。プチドラは、その途中で何度も、事務所の方に心配そうな顔を向けている。
しばらくすると、プチドラは、わたしの耳元に口を寄せ、
「大丈夫かな。飲めない人に一気飲みさせたりすると、急性アルコール中毒に」
「選挙に出ようというくらいの人だから、多分、悪運も強いはずでしょ。心配いらないと思うわ。それに、万が一の場合には、こちらにとっては、かえって好都合よ」
「そんなもんかなあ……」
プチドラは腕を組んでうなった。わたし的には、このまま「万が一」の事態になってくれた方が簡単だと思うけど、おそらくは、そうならないと思う(特に根拠があるわけではないが)。
ともあれ、お金もお酒もダメとなると、残る手段は一つ(でも、今日はブライアンがあの調子だから、明日にしよう)。あまり気が進まないが、ここまで来れば、気合で突き進むのみ。とはいえ、言うまでもなく、最後の一線だけは死守するつもり(相手がブライアンごときでは、当然のこと)。
すなわち、次回、ブライアンの事務所を訪れた際、御者に「5分後に、万難を排して事務所内に踏み込め」と厳命し、御者がその命令どおりに事務所内に足を踏み入れると、その時、丁度、わたしがブライアンに乱暴されかかっている場面を目撃するという按配。
なお、ブライアンが現実に劣情をもよおすかどうかは関係ない。プチドラに、もう一度金縛りの魔法をかけてもらって、あたかもそれらしく見せかければ、問題ないはずだ。
「ねえ、マスター、さっきから黙りこくって、一体、何を考えているの?」
プチドラは、わたしの耳元で声を小さくして言った。
「それはね……(ヒソヒソヒソ)……」
わたしが次回の作戦を説明すると、プチドラはビックリして思わず大きな声を出しそうになったのだろう、(そうなる前に)慌てて両手で自分の口を押さえた。
プチドラは大きく息を吸って呼吸を整えると、さらに声を小さくして、
「マスター、それはちょっと…… いくらなんでも……」
なんだか引っかかる物言いだけど、まあ、いいか。
やがて、馬車は市庁舎に着いた。
馬車を降りると、一応、今回の顛末をアイアンホースに報告するため、わたしはプチドラを抱き、最上階の市長室に向かった。アイアンホースの(非常に醜い)黄金の像はさておき、市長室のひとつ下の階の秘書課では、ジンクが、何やら深刻そうな顔をして職員と話をしている。
ジンクは、部屋に入ってきたわたしの姿を目に留めると、
「ああ、伯爵様、丁度いいところでございました。早速で恐縮ですが、とにかく、至急、市長公邸まで来ていただきたいのですが……」
市長公邸ということは…… なんでもいいけど、また、パトリシア絡みの話だろう。




