アルコールと体質
ブライアンは、一応、愛想笑いを浮かべつつ、ハテと首をひねり、
「伯爵様、申し上げにくいのですが、選挙前の物品のやりとりは……」
と、言いかけたところで、ブライアンの顔色が変わった。プチドラは、わたしの膝の上で小さくVサインを送っている。ブライアンは、プチドラの金縛りの魔法にかかり、動けなくなっているようだ(なお、口だけは動くのは、このような場合のお約束として)。
「伯爵様、一体、あなたは何者?! 私を、どうするつもりですか!!」
ブライアンはこんな場合でも、職業柄か、言葉遣いだけは丁寧だった。しかし、口をガクガクと震わせていて、内心、「どんな目に遭わされるのか」と、恐怖におののいていることは、容易に想像できる。
わたしは高級酒が入った皮袋の栓を抜き、
「別にどうもしないわ。少しの間だけど、いい気分になってもらうだけよ」
そして、プチドラに目で合図を送ると、プチドラは、事前に打ち合わせをしていたわけではないが、わたしの意図を理解したようで、ブライアンの肩にピョンと飛び乗り、「よいしょ」と、ブライアンの口を上下に大きくこじ開けた。
「ウッ!」
ブライアンは苦しそうな声を上げる。わたしは、その大きく開いた口に、皮袋から一気に高級酒を流し込んだ。
「ウグッ! ウゲッ!! ウガッ!!!」
ブライアンは、具体的な描写が困難なくらい、ものすごい形相になって(表情も金縛りの影響を受けないようだ)、ほとんど断末魔に近い悲鳴を上げた。
ちなみに、革袋が空になるまでかかった時間は、ほんの数秒。
そして……
「……」
ブライアンは、白目をむいて動かなくなった。口をポカンと開け、だらしなく舌を垂らしている。
わたしは、そんなブライアンを見下ろし、
「とりあえず、作戦は成功だけど、なんだか……」
「そうだね。でも、マスター、これで本当に『成功』と言えるかどうか……」
わたしとプチドラが顔を見合わせていると、部屋の外から、ドンと(あるいはドカンと)何かが壁にぶつかるような音がして、
「先生! 一体、いかがなされました!!」
秘書のパークが、ドタバタと大慌てで部屋に入ってきた。そして、白目をむいたブライアンと空になった皮袋に目を留めると、
「あっ、あああっ! あなた……いえ、伯爵様! 一体、先生に何を!?」
「何って……、ただ、高級酒を一気飲みしてもらっただけだけど」
「なっ! なんてことを!! 先生は、お酒を生理的に受け付けない体質なんですよ!!!」
ずなわち、ブライアンは、酒を飲まないのではなく、飲めないらしい。




