葬儀前の帝都の情景
お葬式は、エライ人になればなるほど大掛かりになるもので、特に皇帝の葬儀ともなれば大変なものだ。以前の帝国建国500年祭と同じように、エルフの王、ドワーフの王、トカゲ王国の「王」などを迎えるとともに、今回は特例として、宮殿前で一般市民の弔問の記帳を受け付けるなど、1週間ばかり、様々な儀式が厳かに続けられることになる。
どの儀式に出席できる(しなければならない)かは、公爵以上、侯爵以上、伯爵以上及び特別功労者等々、身分によって決まっていて、わたしの場合は、全儀式の4分の3くらい。退屈ではあれ、それなりに神経を使う1週間になりそうだ。なお、「特別功労者」とは、平たく言えば、魔法アカデミーのパーシュ=カーニス評議員やマーチャント商会会長など、貴族の身分を有していない者を参列させる場合の方便のこと。
皇帝の葬儀を控え、帝都の市街は(心底から深い悲しみに包まれるわけでは決してなく)、表面上は弔意を示しながら、その実は、お祭り騒ぎに浮かれていた。というのは、葬儀に付随して、「先帝の御世に余光あれ」と、刑の減軽や免除、特別減税、市民への特別譲与金の分配など各種行事・イベントが予定されているため。また、こうしたことで、町の人々も、ついつい財布のヒモがゆるくなってしまう。
特段の理由があるわけではないが、いつものあの場所に出かけてみると、
「ウソ偽りの大海の中で溺死させられそうになっている、愚かな大衆諸君! 帝国政府は、真実を隠蔽し、ウソに塗り固められた居心地がいいだけの牢獄で、諸君の精神を腐敗させようとしている!!」
帝都名物(?)の神がかり行者が口から泡を飛ばしながら声を張り上げている。でも、いつものことで、誰も聞いてはいない。
「ごきげんよう、精が出るわね。無駄な努力だとは思うけど……」
「出たな、メスブタめ! ドブネズミめ!! ゾウリムシめ!!!」
「ほざいてるがいいわ。どうせ、無関心な大衆の心には、あなたの言葉は響かない」
「ふん、わしは誰よりも民衆を愛し、それ故に、誰よりも民衆を軽蔑しておるのだ! 現実から目をそらそうとしている、おまえごときに、何が分かる!!」
やっぱり、お話にならない(もはや腹を割って話してみようという気にもならない)。勝手に言わせておこう。
ツンドラ候は、疲れた顔で毎日のように屋敷を訪問し、
「助けてくれよ、ウェルシー伯、このままでは、さすがの俺様も過労でピンチだぜ」
などと、いつも泣き言を並べている。
面倒なことを押し付けられてはかなわないので、
「いえいえ、ツンドラ候は、余人をもって代えがたい大切な役目に就いておられるのです。そればかりではなく、帝国宰相の『兄貴分』として、弟分の面倒を見る立場にありますから、わたしなどでは、とてもとても……」
と、適当にごまかし、後ろに回って「ガンバレ、ガンバレ、ツンドラ侯」と応援しながら、体よく追い返す日々が続く。
そうこうしているうちに、明日から、皇帝の葬儀を構成する一連の儀式が始まることになった。