ワイロ作戦は失敗
わたしは、机の上の大きな袋を開き、その中から小袋をいくつか取り出した。なお、プチドラは大きな袋から飛び出し、ちょこんとわたしの膝の上に乗っている。
わたしは机の上で小さな袋をそっとすべらせ、
「とりあえず、お近づきのしるしです」
すると、ブライアンは不思議そうな顔をして、袋をじっと見つめ、
「え~っと…… 伯爵様、この袋は、一体、なんですか?」
「このシチュエーションで、普通に知性があれば、説明の必要はないと思いますが。まさか、ブライアンさん、お分かりにならない?」
ところが、ブライアンは「うーん」と首を何度か横に振り、
「いやあ、分かりませんな。私は、伯爵様ほど聡明ではありません。しかしながら……」
ブライアンは、ここで一旦、話を止め、紅茶をひと口。そして、ゴホンと調子を整えるように咳払いをして、
「聡明な伯爵様であれば、お分かりになるはずです。まさか、そんなことはないとは思いますが、選挙にはルールがありますからな。ルールに則ってというところが、当たり前のことですが、重要なことです」
「いえ、それはそれとしまして…… 『恒産なくして恒心なし』とも言いますが、これでは、まだ、不足ですか?」
「は? 理解できませんな。今日の伯爵様のユーモアは、あまりにもハイブロウ過ぎる。」
まさか、本当に、金貨の袋と「お近づきのしるし」の意味が分からないことはないだろう。アイアンホースが言っていたように、受け取る気はないようだ。
お互いに口をつぐみ、しばらく沈黙の時間が流れた後、
「ギャグが分かってもらえないのは残念だったけど、今日はこれで失礼するわ」
わたしはプチドラを抱いて立ち上がった。なお、金貨の入った袋は、そのまま机の上にあり、これは、あわよくば、ワイロを受け取ったかのような外観を残していこうという、最後のおまじない。しかし、こんな小細工が通用するはずもなく、ブライアンはパークを呼び、
「伯爵様は、お帰りになるらしい。荷物をお持ちするんだ」
パークは、「分かりました」と、小さい袋をすべて大きな袋に詰め、「よいしょ」と大袋を背負った。ブライアンは、それを見て、満足げに笑みを浮かべ、
「伯爵様、本日は、わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございました。また、何か御用がありましたら、いつでも、お越し下さい」
と、バカ丁寧なくらいに恭しく、頭を下げた(本当に、頭が地面に接触するくらいに)。見ていると、非常にむかつくけど、しょうがない。
よくよく考えてみれば、選挙戦は現在ブライアンに有利に進んでいるようだから、金貨1000枚程度で、(市長になれば)今後得られるであろう何万枚かの金貨をフイにするようなことはしないだろう。
結局、今回は、空しくブライアンの事務所を出るよりなかった。




