金貨1000枚で買収を
アイアンホースは心細げに指を組み、その視線は宙をさまよっていた。でも、今は家庭の事情で悩んでいる場合ではないはず。しっかりしてもらわないと。
「お金が必要なのです。とりあえず、金貨1000枚くらい、ください」
「えっ?」
アイアンホースは、一瞬、キョトンとして、首をかしげた。
「金貨1000枚です。どういうことかと言いますと、これでブライアン氏を買収、つまり、お金を渡して立候補を辞退してもらうのです。彼も人の子、目の前で金貨の山を見せつけられれば、心を動かされると思います」
でも、アイアンホースは、「うーん」と難しい顔をして、
「いや、しかし…… せっかくのご提案ですが、その……、そのくらいで立候補を取り止めてくれるかどうか。それに、買収となりますと、犯罪の可能性も出てくるわけで……、しかし、それ以前の問題として、彼は恐るべき堅物と言いますか……、多分、受け取ることはないと思います」
「実際に試してみたのですか? 無理かどうかは、やってみないと分からないと思いますが」
「そこまでおっしゃるなら、金貨1000枚くらいなら、すぐに用意できますが、しかし……」
アイアンホースは、あまり乗り気ではなかった。ただ、そうは言いながらも、秘書課から職員を呼び出し、5分もしないうちに、金貨100枚入りの袋を10袋用意させた。
「それでは、これから、このお金を持って、ブライアン氏の事務所に行ってきます」
わたしは馬車を用意してもらい、御者には、アイアンホースの口から、「伯爵様のおっしゃることは、わしの命令と心得よ」と念を押してもらった。事務所の前で降ろしてもらえなければ、この前のように、300メートルの距離でも迷子になることは目に見えている。わたしは金貨を馬車に積み込み、プチドラを抱いて乗り込んだ。
「それでは、吉報をお待ち下さい」
「はあ……、ですが、あまり期待せず…… いえ、これは、その、なんでもないのです」
アイアンホースはあくまでも懐疑的だった。
馬車はゆっくりと動き出した。例によって、清潔で小奇麗な街中を進んでいく。もはや見慣れた光景となってしまったが、通行人の姿はあまりなく、通りを見渡して一人か二人といった程度。
プチドラは、昨日のことがあるので、御者を驚かせないよう、ソロリとわたしの肩に飛び乗ると、いつもよりも声を小さくして、
「マスター、うまく金貨1000枚を調達できたね。でも、まさか…… いくらなんでも、ね」
「どうしたの? その、『まさか』って、何?」
「いや、マスターのことだから、もしかしたら『この金貨を持って逃亡』みたいな……」
プチドラは、じーっと、わたしの顔を見つめている。言われてみれば、そんな手もあった。でも、いくらなんでも、それでは、完全に詐欺罪が成立してしまう。逃げるとしても、最初からではなく、あくまでも最後の手段として(同じことか)……




