また出た白い羽根帽子
仕方がないので、わたしはプチドラを抱いて、Uターン。正面玄関前で馬車に乗った。御者はアイアンホースがいないのを見て、ホッとした様子。わたしが椅子に腰掛けるのを見て、馬に鞭を当てた。
プチドラは、わたしを見上げ、
「マスター、どうするの? あんなに安請け合いしちゃって、大丈夫?」
「大丈夫じゃないと思うわ。でも、『なんとかする』って、言っちゃったからには……」
差し当たって思いつくのは、スキャンダルで評判を落とすことくらい。不正な金銭(つまり、ワイロ)を受け取ったとか、酔っ払って大暴れして誰かに怪我をさせたとか、女性に乱暴しているところを取り押さえられたとか、有権者の投票行動に影響を及ぼすものでなければならない。ただ、ブライアンが自分から墓穴を掘るようなことはするはずがない。となれば、こちらから働きかけて、つまり、罠にはめて、ボロを出すように仕向ける必要があるが、うまくいくかどうか。
馬車は、市長公邸の脇を、人が駆け足する程度のスピードで進んでいく。公邸の周囲には、それほど高くはないが、延々と、灰色の壁が続いている。この前に来た時は、白い羽根帽子の一味と思しき人影が、壁を乗り越えてどこかへ走り去っていった。わたしは、「もしかしたら、今回も」との期待を込め、馬車の窓に顔を寄せた。
プチドラはわたしの肩に飛び乗り、耳元でささやく。
「マスター、どうしたの? 壁を見ていて、面白いの??」
「そうじゃなくて、今日も白い羽根帽子がひょっこり現れないかな、と思ってね」
「そんなこともあったね。でも、何度も同じことは起こらないと思うよ」
「そうよね、二匹目のドジョウ……じゃなくて、白い羽根帽子なんてことは……」
わたしはプチドラと顔を見合わせて苦笑い。ところが、往々にして、起こるべきものは起こるべきときに起こるものであり……
「あっ! マスター!! あれ!!!」
プチドラは、大きな声を上げ、窓を指差した。窓越しに外を見ると、丁度、前と同じように、白い羽根帽子が一人、市長公邸の壁を乗り越えようとしている。しかも、今回は、白いアイマスクをどこかに忘れてきたようで、素顔がバレバレ。距離があるのでよく見えないのが残念だけど、とりあえず男ということは分かった。白い羽根帽子の男は、地面に降りると、手で顔を覆い、走り去っていく。
ともあれ、今が白い羽根帽子を捕まえるチャンス。全速力で馬車を走らせれば、あの男に追いつけるかもしれない。
「あの男を追いなさい!」
しかし、御者は目を大きく見開き、ブルブル震える手でプチドラを指差しているだけだった。一体、何故?
「ペットが人語を喋ることはないからね。ボクが話すのを聞いてビックリしたんだよ」
そういえば、一般大衆向けには、プチドラは(犬や猫と同じような)ペットという位置付けだった。非常に残念だけど、わたしは、「今、見たことと聞いたことを忘れなさい」と御者に厳重に口止めした上で、宿所のホテルに戻ることにした。




