アイアンホース受難記
アイアンホースは、椅子に座ったまま、エビのように身をかがめ、
「今回は、是非とも穏便に…… その、なんと言いますか……、物騒なのはナシで……」
「だったら、正攻法? でも、今まで、普通の手では勝てそうにないから、悩んでたんでしょ」
「そうです。ですから、起死回生の妙手を発見していただきたいのですが……」
だからこそ、ブライアンには不慮の事故で勝負を降りてもらおうと思ったのだけれど、口に出しても同じことの繰り返しだ。止めておこう。アイアンホースは、彼の言う「起死回生の妙手」を期待しているのか、指を組み、わたしを見上げている。正直、見つめられても気持ちが悪いだけだが……
どうしたものかと考えているうちに、馬車は市長公邸の正面玄関前に着いた。
アイアンホースは馬車を降り、
「さあさあ、伯爵様、考えるのは休憩にしましょう。どうぞ、こちらへ。お菓子と飲み物を用意します。パトリシアも呼びますので、とりあえずは一服してから……」
と、ドタバタと肥満体を揺らしつつ、公邸の奥に消えていった。わたしとプチドラは、お互い、「やれやれ」と顔を見合わせた。
そして、しばらくすると、
「ちょっと、痛い! 何するのよ!! この、ブタ!!!」
「親に向かって、それはないだろう。伯爵様と挨拶だけでも…… とにかく、機嫌を直しておくれよ」
廊下の先の方で言い争うような声が聞こえた。アイアンホースとパトリシアの親子喧嘩ということは明らか。今日はパトリシアも不機嫌らしい。
やがて、アイアンホースがパトリシアの右手をしっかり捕まえて戻ってきた。ただし、彼の顔には、いくつも引っかき傷があり、血がにじんでいる。パトリシアは顔を横に向け、「今日は絶対に口をきいてやらない」みたいな態度。取っ組み合いでもしてきたかのように衣服や髪の乱れがひどく、今も捕まれた腕を押したり引いたりして、アイアンホースから逃れようとしている。
「いやはや…… 伯爵様、お待たせしました。まったく、聞き分けの無い娘でして」
と、アイアンホースが言った、その時、
「離しなさいよ、このゲス!!!」
パトリシアはアイアンホースの手を振りほどき、いきなり、彼の顔面に渾身の力を込めた回し蹴りを炸裂させた。
「グエッ!!!」
アイアンホースはもんどり打って倒れ、パトリシアはドスドスと大きな足音を立てて公邸の奥に引っ込んでいく。
アイアンホースは鼻血で顔を染め上げ、ヨロヨロと立ち上がると、
「待っておくれ。そんな、つれないことを言わないで……」
そして、ハッとしたように、わたしの方に顔を向け、
「伯爵様、申し訳ありません。今日は、ちょっと…… その、選挙の話は……」
「わたしに任せてもらえるなら、不慮の事故以外で、なんとかするわよ」
「本当ですか。では、よろしく、お願いいたします」
アイアンホースは、危なっかしい足取りで、屋敷の奥に駆けていった。




