選挙参謀
アイアンホースは、すぐに言葉が出てこないようだ。もどかしげに何度か口をパクパクとさせた後、
「あ~……、ということは、つまり、その、今後は伯爵様が選挙参謀というわけで?」
「まあね。あまり表立って動くわけにはいかないけど、裏からこっそりと手を回して、みたいなことならできるわ」
すると、アイアンホースはようやく落ち着いたのか、「おぉ~」と長く息を吐き出し、
「それはそれは、願ってもないことで。実は、頼りにならんヤツらばかりで、困っておったのですよ。いやぁ、よかった、よかった。実に心強い」
アイアンホースは、どこからか大きな扇子を取り出し、暑そうに胸元に風を送っている。見ているだけで、こちらまで汗が出てきそうだ。アイアンホースはタオルで顔を拭うと、わたしの手をグッと握り締め(ギャッ!!!(これはわたしの内心の声))、
「では、今から公邸まで行きましょう。市長室では、誰かに盗み聞きされるかもしれません。その点、市長公邸であれば、絶対に安心ということはありませんが、ここよりも幾分マシです」
「え、ええ、そうですね……」
でも、本当にそうだろうか? 白い羽根帽子の男が公邸から出てきたり、娘のパトリシアの心も親から完全に離れていたりだから、この市長室の方がはるかにマシではないかと思うのだが……
アイアンホースは太った体を揺らせ、ひとつ下の階の秘書課まで階段を駆け下り、職員をつかまえて「大至急馬車の用意をしろ」と命じた。ちなみに、その場合の「大至急」の意味は、「自分が階段を下り、市庁舎の1階に到達するまでの間に」ということらしい。事実、わたしがアイアンホースとエントランスまで下りてきたときには、既に玄関には馬車が停められていた。
アイアンホースは、よほど気が急いているのか、先に馬車に乗り、
「さあさあ、伯爵様、こちらでございます」
わたしが馬車に乗り込むと、腰を下ろさないうちから、馬車はアイアンホースの合図で急発進。わたしはよろめいて、危うく最悪の結果に(すなわち、そのままアイアンホースの気持ちの悪い胸の中に!)至るところだった。でも、すんでのところで踏みとどまり、どうにか席に座ると、アイアンホースは御者に向かって怒鳴り声を上げ、
「このヘタクソが! 客人に対して失礼だろうが!! てめぇ、この馬車が公邸に着いたら、殴り殺してやるからな、覚悟しておけよ!!!」
しかし、わたしの顔に目を遣ると、ハッとしたように、
「あっ、いや、これは、その…… なんでもないのですよ、ははは……」
「冗談よね。誰かのためということはないけど、そういうことにしておきましょう。幸い、わたしに破滅的な被害はなかったことだし……」
「破滅的な被害ですか???」
アイアンホースは、よく分からないといった顔で首をひねっている。今日のアイアンホースは、怒鳴ったり考え込んだりと、喜怒哀楽が激しい。選挙戦での心労がピークに達しているのだろうか。選挙に出るとためには強靭な精神力が必要のようだ。




