怒れるアイアンホース
その次の日、わたしは、昼食兼用の遅い朝食を食べ、用意してもらった馬車に乗り、市庁舎に向かった。アイアンホースに落選されては非常に困る。ただ、仮にそうなったとしても、これまで費やした時間が無駄になるだけで、直接財産的損害が発生するわけではないが(実は、わたしの滞在費はバイソン市側に負担してもらっている)、やはり金儲けのチャンスは逃したくない。
市庁舎の広いエントランスには赤い絨毯が敷かれ、奥には、アイアンホースの巨大な(しかし、ハッキリ言って、醜い)黄金の像が……、いや、この話はこれまでとしよう。
市長室よりひとつ下の階の秘書課で尋ねてみると、「アイアンホースは市長室に在室中」とのこと。しかし、職員は、なんとなく言いにくそうにしながら、
「あの~、差し出がましいようですが、今日は止めにしておかれた方がよろしいのではないかと……」
「どうして? 何かマズイことでもあるの??」
「このところ、市長はかなり機嫌がよろしくなく、今日も、その例に漏れず……」
「いいのよ。いくら機嫌が悪くても、いきなり噛み付かれはしないでしょ」
選挙戦は、アイアンホースの有利には進んでいないようだ。機嫌が悪いということは、おそらく、逆転のきっかけもなかなか見出せない状況なのだろう。
階段を上がり、市長室の前まで来ると、
「バカヤロウ! おととい来やがれ!! この下司野郎めが!!!」
いきなり室内からアイアンホースの怒鳴り声が響くと、市長室のドアが開き、鼻血を流した職員がほうほうの体で逃げ出してきた。これは、相当に頭にきているらしい。プチドラは、「どうするの」といった顔で、何も言わず、わたしを見上げているが、もちろん、ここまで来て引き返すわけがない。
わたしは開いたドアからスルリ室内に入ると、アイアンホースがひとり、椅子を持って仁王立ちしていた。
「ごきげんよう、市長さん、今日は随分と過激ですね」
すると、アイアンホースは声にならない声を上げ、「シマッタ」というふうに、顔をしかめた。
「市長おひとりのようですが、ジンクさんは?」
「い、いや…… いえ、そうです。ジンクは用心……、いや、用事で外に出て…… それよりも、伯……爵……様、一体、どうしてここは……」
余程ビックリしたのか、ろれつが回っていない。(有権者や外部の人には絶対に見せてはならない)対職員用の傍若無人な態度を目撃されてしまい、頭の中がひどく混乱しているようだ。
ともあれ、今、この市長室にいるのは、わたしとアイアンホース(加えてプチドラ)だけだから、
「ぶっちゃけた話、アイアンホース市長のお手伝いをしようと思いまして」
「お手伝い? そっ……それは、一体、どういう?」
「『どういう』と言われましても、その言葉どおりの意味ですよ」
すると、アイアンホースは、まだ話が理解できないのか、ブタのようなブヨブヨの顔をしかめながら、ポカンと口を開けた。




