交渉は不調
わたしは少し気合を入れ、身構えるようにして待っていた。やがて、入り口のドアがゆっくりと開き部屋に入ってきたのは、見覚えのある中肉中背の中年男、すなわち、公園で演説していた男だった。
「せっかくお越しいただいたのに、とんだご無礼を」
「いいわ。アポもなかったことだし、昼食も……いえ、なんでもないわ」
と、わたしはサービスの意味も込めてニッコリ。厚かましくも昼食をご馳走になったことは、とりあえず言わない方がいいだろう。
その男は、一瞬、首をひねったが、すぐに気を取り直したのか、愛想笑いを浮かべ、
「マイケル・F・ブライアンでございます。どうぞ、お見知りおきを」
と、片膝をつき、頭を下げた。
「堅苦しい挨拶は要らないわ。多分、もう知ってると思うけど、わたしは、カトリーナ・エマ・エリザベス・ブラッドウッド。実質的な話に入りたいんだけど、いいかしら?」
すると、ブライアンは、「ハァ?」と呆けたような顔をして、
「え~っと、『実質的な話』ですか? 具体的には、どういったことでございましょうか」
「知らないの? 何も?? パークからも、聞いてない???」
「申し訳ございません。いきなりのことで、事情がよく分からず、えーと……」
わたしはブライアンをにらみつけ、内心、「このヤロー!」。わたしが商談で来たことは、秘書のパークでも知っている。ブライアンが知らないはずがない。イボイノシシみたいな小さい目、長い顔の(イケメンにもダンディーにも程遠い)分際で、これがブライアンの交渉術なのか。でも、お互い腹の探り合いで時間をつぶしても仕方がないので、
「わたしがアイアンホースと宝石の商談中という話は知ってるわよね。でも、わたしにとっては、相手が誰でも構わないの。そこで、あなたが市長になった場合、宝石を買う気があるかどうか、知りたいのよ」
「おぉ! 宝石ですか!! それは豪勢ですなぁ!!!」
演技に決まっているが、ブライアンは、大袈裟に驚いて見せた。
「いや、しかし、今すぐに答えを出すことは、ちょっと…… ただ、一般論として言わせていただければ、市長としての契約であれば、宝石が市にとって必要かどうかを判断する必要がある。問題は、市民がそれを求めているかどうかですが……」
ブライアンは腕を組み、「うーん」と唸った。「市長としての資格で買え」と明言していないのに、「市長としての契約」を前提としていることは、やはりブライアンも、わたしが商談で町に来たことを知っていたということではないか。
ともあれ、「市長として宝石の購入は難しい」ということが一応の結論のようだから、ブライアンが選挙で勝てば、契約が白紙に戻される可能性が濃厚ということ。つまり、アイアンホースには、どうしても勝ってもらわなければならないことになる。
わたしは、席から立ち上がり、
「ありがとう、今日は、このくらいで失礼するわ」
そして、形式的・儀礼的にブライアンが引き留めるのを、こちらも形式的・儀礼的かつ丁重に断り、プチドラを抱いて事務所を出た。




