ブライアン氏の事務所へ
次の日、宿舎のホテルで例によって朝遅く目を覚ましたわたしは、軽く朝食をとると、プチドラを抱き上げ、
「これから、ブライアンの選挙事務所に行くわ」
「えっ!? いきなりだね。事務所の場所は分かるの?」
「知らないわ。でも、なんとかなるでしょ」
わたしはフロントで頼み込み、市庁舎から馬車を廻してもらうことにした。そのまましばらくロビーで待っていると、馬車が到着。
馬車に乗り込んで行き先を告げると、御者は露骨にイヤな顔をして、
「あの、すいませんが……、えー……、そこだけは、ちょっと……」
「ダメなの? どうして?? その理由は???」
「そ、それは……、つまり……」
御者は、ためらいの表情を見せながら、説明を始めた。でも、なんやかやと理屈を付けて長々と話している割には、何が言いたいのかよく分からない。詰まるところ、ダメなものはダメということのようだが……
プチドラは、わたしの肩にぴょんと飛び乗ると、耳元でささやく。
「多分、この御者は、バイソン市に雇われてるんだ。ブライアン氏の事務所に馬車を乗りつけたりしたら、あとで市長のアイアンホースから難癖を付けられて、クビにされるかもしれない。それを恐れてるんだよ」
なるほど、現業公務員なら、話は分からないでもない。でも、そういうことなら、
「分かったわ。事務所の前まで行かなくてもいい。事務所の近くで行けるところまで」
「いや、しかし……」
御者はなおも抵抗したが、「これ以上拒むなら、職務怠慢か職場放棄ということで、アイアンホース市長に言いつけてやる」と脅すと、渋々ながら、承諾した。
馬車は、わたしとプチドラを乗せ、ゆっくりと動き出した。窓越しに外に目をやると、小奇麗で清潔感のある町並みが続いている。道の両側には、オシャレで上品な店舗が並んでいるが、ただ、賑わいにはほど遠い印象。むしろ、人通りは非常に少ないと言っていいだろう。どこか息苦しく、例えて言えば、人を寄せ付けない魔物か何かが巣食っているような感じ。
「あの、そろそろ、この辺りでよろしいでしょうか?」
不意に、御者が馬車を一時停止させて言った。
「『この辺り』って…… ここは、どの辺りなの?」
「ブライアン氏の事務所は、ここから、この道を真っ直ぐ歩いて300メートルくらいです。どうか、このくらいでご勘弁を……」
「ああ、そう。いいわ、ここで許してあげる」
わたしはプチドラを抱いて馬車を降りた。プチドラは不安げにわたしを見上げているが、まさか、300メートルの距離で道に迷うことはないだろう。
でも…… 油断していると、往々にして、「まさか」ということも、起こり得るものである。




