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ザ☆旅行記Ⅷ 愚劣かつ下劣な話  作者: 小宮登志子
第4章 「アイアンホース~左から5匹目」
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パトリシアは上機嫌

 白い羽根帽子の男は、いずこにか去っていった。なんだかよく分からないが、いくら考えても、分からないものは分からないだろう。とりあえず視線を正面に戻すと、わたしは、ふと、ジンクも顔を窓に向けていることに気付いた。

「ジンクさん、あなたも見ましたか? 今、市長公邸から、怪しさ丸出しの……」

すると、おかしなことに、ジンクはわたしの話を遮るようにして、

「いえ、何も出てきませんでしたよ。白い…… いや、そんなことは、絶対……、絶対に、ありえないことです」

 まだ何も言っていないのに、ジンクは不自然極まりない態度で否定する。でも、自分で「白い」って言ってるし、白い羽根帽子はジンクの目にも入っていたはずだ。

「ジンクさん、何か『白い』ものが見えたのですか」

「いえ、全然何も…… 気付きませんでしたね」

 ジンクは口を真一文字に結んだ。これ以上、問答を繰り返しても無駄だろう。多分、ジンクは、先刻の白い羽根帽子の男のことを知っている。しかも、この事実は、人に知られるとマズイことだ。

 それから程なくして、馬車は謎を乗せたまま、市長公邸の正面玄関前に到着。わたしはプチドラを抱いて、馬車を降りた。


 市長公邸は、この前とは違って、ひっそりと静まりかえっていた。公邸でも、パーティーやイベントがなければ、こんなものだろう。

 ジンクは足早にわたしを案内しながら、

「さあさあ、こちらです。伯爵様がおいでになるということは、既に伝わっているはずですから」

 伝令の早馬でも走らせたのだろうか。用意のいいことだ。

 ジンクの後について廊下を歩いていくと、やがて、繊細な装飾が施された観音開きの扉の前に着いた。扉の隙間からは、わずかに光が漏れる。

「こちらでございます。お嬢様は、中でお待ちになっていると思います」

 そう言いながら、ジンクは扉を開けた。贅を尽くした部屋の中央には無意味に長いテーブル、その両端には装飾過剰の高価そうな椅子が二つ置かれ、一方には、既にパトリシアが腰掛けていた。

 パトリシアは、わたしの姿を認めると、すぐさま立ち上がってこちらに歩み寄り、

「よくぞいらっしゃいました、伯爵様」

 と、笑みを浮かべつつ、丁寧に挨拶。パトリシアは、この前とは違って、機嫌がよさそうだ。何か、いいことがあったのだろうか。そして、パトリシアがジンクに目で合図を送ると、

「では、私はこれにて失礼いたします」

 ジンクは深々と頭を下げ、部屋を出た。おそらくは、これから市庁舎で残業タイムだろう、お気の毒に(他人事だから、気楽に言える)。

 パトリシアは、わたしと二人になると、いきなり、

「父の命運は尽きたわ。あなたも、損をしないうちに引き揚げた方がよくてよ」

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