パトリシアは上機嫌
白い羽根帽子の男は、いずこにか去っていった。なんだかよく分からないが、いくら考えても、分からないものは分からないだろう。とりあえず視線を正面に戻すと、わたしは、ふと、ジンクも顔を窓に向けていることに気付いた。
「ジンクさん、あなたも見ましたか? 今、市長公邸から、怪しさ丸出しの……」
すると、おかしなことに、ジンクはわたしの話を遮るようにして、
「いえ、何も出てきませんでしたよ。白い…… いや、そんなことは、絶対……、絶対に、ありえないことです」
まだ何も言っていないのに、ジンクは不自然極まりない態度で否定する。でも、自分で「白い」って言ってるし、白い羽根帽子はジンクの目にも入っていたはずだ。
「ジンクさん、何か『白い』ものが見えたのですか」
「いえ、全然何も…… 気付きませんでしたね」
ジンクは口を真一文字に結んだ。これ以上、問答を繰り返しても無駄だろう。多分、ジンクは、先刻の白い羽根帽子の男のことを知っている。しかも、この事実は、人に知られるとマズイことだ。
それから程なくして、馬車は謎を乗せたまま、市長公邸の正面玄関前に到着。わたしはプチドラを抱いて、馬車を降りた。
市長公邸は、この前とは違って、ひっそりと静まりかえっていた。公邸でも、パーティーやイベントがなければ、こんなものだろう。
ジンクは足早にわたしを案内しながら、
「さあさあ、こちらです。伯爵様がおいでになるということは、既に伝わっているはずですから」
伝令の早馬でも走らせたのだろうか。用意のいいことだ。
ジンクの後について廊下を歩いていくと、やがて、繊細な装飾が施された観音開きの扉の前に着いた。扉の隙間からは、わずかに光が漏れる。
「こちらでございます。お嬢様は、中でお待ちになっていると思います」
そう言いながら、ジンクは扉を開けた。贅を尽くした部屋の中央には無意味に長いテーブル、その両端には装飾過剰の高価そうな椅子が二つ置かれ、一方には、既にパトリシアが腰掛けていた。
パトリシアは、わたしの姿を認めると、すぐさま立ち上がってこちらに歩み寄り、
「よくぞいらっしゃいました、伯爵様」
と、笑みを浮かべつつ、丁寧に挨拶。パトリシアは、この前とは違って、機嫌がよさそうだ。何か、いいことがあったのだろうか。そして、パトリシアがジンクに目で合図を送ると、
「では、私はこれにて失礼いたします」
ジンクは深々と頭を下げ、部屋を出た。おそらくは、これから市庁舎で残業タイムだろう、お気の毒に(他人事だから、気楽に言える)。
パトリシアは、わたしと二人になると、いきなり、
「父の命運は尽きたわ。あなたも、損をしないうちに引き揚げた方がよくてよ」




