市長室では
わたしは、ひととおりビラを堪能すると、それを丸めて車外に投げ捨て、馬車を出させた。記念に持って帰ってみたい気もするが、アイアンホースがビラを目にしたら、それこそ一大事。無意味な冒険的行為で彼を怒らせて商談をフイにしては、元も子もない。
馬車は程なくして市庁舎に着いた。わたしはプチドラを抱いて馬車を降り、ジンクあるいはアイアンホース当人が戻っていることを期待しながら、市庁舎に足を踏み入れた。赤絨毯の広いエントランスに置かれている黄金の像は、いつ見てもキモイ。階段を上り、市長室よりひとつ下の階の秘書課で尋ねてみると、うまい具合に、「今、ジンクとアイアンホースが市長室に在室している」とのこと。わたしは職員に案内され、階段を上り、市長室に向かった。
ところが……
「バカヤロウ! 一体、どうなってるんだ!!」
市長室から、アイアンホースの怒鳴り声が響いた。どうやら取り込み中らしい。わたしを案内してきた職員は、困った顔をして、頭に手を当てている。
「しかし、客観的な事実を申し上げますと、現在、我々の方が、若干不利です」
「そんなことがあるものか! もし、あるとすれば、何らかの不正だ!! そうだ、そうに決まってる!!!」
ドアに耳を押し当ててみると、激昂するアイアンホースをジンクがどうにかしてなだめようとしている状況が推測できる。聞いてみた感じだと、現時点において、選挙戦は、なぜだかアイアンホースにとって少し不利のようだ。それで、アイアンホースが腹を立て、ジンクに当たりまくっているという状況。
わたしを案内してきた職員は、ビクビクしながら、
「あの~、本日は、こういうわけですから、その……」
誰しも、上役の機嫌の悪い時には近寄りたくないものだ。でも、今日はとりあえず顔だけでも見せておいて、機嫌が直らなければ、改めて出直すことにしよう。わたしは職員に対し「是が非でも取り次いでもらいたい」と強く要求。すると、職員は泣きそうな顔になって、コンコンというノックの後、市長室のドアを開けた。
市長室では、まずは一方的な罵声が機関銃のごとく浴びせられた後、涙声の職員との間でやりとりが続いた。そして、しばらくするとドアが開き、
「やあやあ、これはこれは伯爵様、よくぞいらっしゃいました。」
市長室から出てきたのは、脂ぎった顔をテカテカと光らせ、意外なことにニコニコと愛想笑いを浮かべるアイアンホースだった(さっきまで怒鳴りまくっていたのは、なんだったのか)。
「いやいや、申し訳ございません。このところ立て込んでおりまして。実は、商談にも匹敵、いや、その、非常に大事な……、ああ、そうだ。今晩、公邸で食事でもいかがですかな。娘もきっと待ちわびています。そうだ。きっとそうだ。というわけで、ジンク、頼んだぞ」
アイアンホースはそれだけ言うと、返事も聞かず、バタバタと階段を駆け下りていった。一体、なんなんだか。ちなみに、ジンクの目の周りには、くっきりと青あざができていた。




