ジンクが来ない日
この日、ジンクはいつまで待ってもやって来なかった。適当に市の職員をつかまえて話を振っていたけど、やはり、職員の忍耐にも限度があるようだ。
その職員は、上目遣いにわたしの顔色をうかがいながら、
「あの~、恐れ入りますが、もうそろそろ、仕事に戻ってよろしゅうございますか?」
「ごめんなさい。邪魔しちゃったわね。」
あまり長々と仕事の手を止めるのも相手に悪いので、仕方がない。ただ、ジンクがいなければ商談はできないし、いつやって来るか分からない相手を待って無為に時間をつぶすのも馬鹿馬鹿しい。
わたしは仕方なくプチドラを抱いて、市庁舎を出た。
「マスター、これからどうするの?」
プチドラは不安げにわたしを見上げた。「どうする」といわれても、どうしようもないから市庁舎を出てきたのだ。とはいえ、すべきことはないし、したいこともない、ひと言で言えば、「退屈」。
「そうだ、プチドラ、この機会だから、街中を散策してみようか」
すると、プチドラは小さい腕を斜めに交差させ、
「それだけはダメ。いつものことだけど」
やはりプチドラからダメ出しをされてしまった。わたしの方向音痴は今更言うまでもない。でも、こんなわたしにも、学習能力くらいはある。
「歩いていくばかりが散策じゃないわ。御者付きの馬車を用意してもらいましょう。これなら、いいでしょ」
「う~ん、そうだね。それならOK」
わたしは市庁舎に戻り、御者付きの馬車を借りることに成功。最初は難色を示していた担当官は、「ダメでもいいけど、アイアンホース市長自らが招いた賓客の願いを拒否した場合、市長はなんと言うかしら……」とささやくと、すぐに態度を変え、快諾した。
わたしはプチドラを抱いて馬車に乗り込むと、少々考えて(すなわち、取り立てて行きたい場所があるわけでもないので)、
「どこでもいいから、適当に、どこかへ遣って頂戴。どこか面白そうなところ」
「は、はあ……」
御者は困惑しながらも馬車を出した。馬車は、市庁舎から大通りを抜け、商業地区に向かって進んでいく。どこを見ても、道行く人々はパリッと身なりを整えていて、市街ではキチンと清掃が行き届いている。ゴミゴミした帝都とは大違い。
やがて、馬車は、いつか見た公園の前に差し掛かった。この前は、ここで、白い衣服の上に白いマントをなびかせ、白い羽根帽子に白いアイマスクという非常にふざけた連中がアジテーションをしていた。もしかすると、今日も同じところで熱弁をふるってたりして。でも、まさかね……
ただ、そうは思いつつも、内心では御都合主義的な「まさか」に期待する部分もあり、
「そこの公園に乗り入れて頂戴。早く」
「はっ、はい! かしこまりました!!」
御者は慌てて馬に鞭を当てた。




