城壁
一週間ほどたって、ようやく葬儀関連の儀式がすべて終わった。その間、毎日、ツンドラ候が逃げ込むように屋敷にやってきては、「ウェルシー伯に会わせてくれ」と騒いでいたみたいだけど、パターソンが適当にあしらっていたようだ。何がどうなってるか知らないけど、別に興味もない。
「では、カトリーナ様、お気をつけて」
屋敷の中庭で、見送りに出たパターソンが言った。夜明け前なので、辺りはまだ暗い。「善は急げ」ではないが、とりあえず早く帝都を発とう。お葬式の次は次期皇帝選出委員会が始まる。まごまごしていると、ツンドラ候や帝国宰相に捕まって、面倒なことを頼まれるかもしれない。
「マスター、用意はできたよ。」
隻眼の黒龍は、既に、体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げている。
わたしは風呂敷包みに伝説のエルブンボウとアイアンホースの招待状を詰め、「よいしょ」と隻眼の黒龍の背中によじ登った。
「いいわ。飛んで」
「うん、わかった」
隻眼の黒龍は、ゆっくりと上昇し、頭を北東(つまりバイソン市の方向)に向けた。
バイソン市は、「五色の牛」同盟を構成する他の都市も同じだが帝国を流れる大河の中流域に位置し、上流から、カウ、ブル、バイソン、オックス、カーフの順に並んでいる。それぞれに都市のシンボルカラーも決まっていて、カウは赤、ブルは青、バイソンは黄、オックスは緑、カーフは桃と、どこかの戦隊もののような感じもしないではない。
隻眼の黒龍は帝都を出ると、大河に沿って、カーフ、オックスの上空を通過した。バイソン市まではもうすぐで、遠くに町並みらしいものもかすかに見える。でも、なんだか少しおかしいというか……
「どう言っていいのかな。カーフとオックスも、そうだったんだけど……」
「マスター、どうしたの?」
「やっぱり、ここもそうだわ。城壁で町を囲うのは分かるんだけどね」
地上に目をやると、高い壁が延々と、はるか遠くからバイソンの町を遠巻きに囲むように続いている。
「ああ、これは、『五色の牛』同盟の特徴だよ。それぞれの都市が、周囲の農地を含めた都市国家の領域全体を、城壁で囲ってるんだ。城壁は、ここ10年くらいの間に、急いで造られたらしいよ」
「維持管理が大変じゃないかしら。国防意識が高いのは分かるけど」
「いや、国防意識じゃなくて、住民の逃亡を防ぐことが第一の目的のようだよ」
よく見ると、城壁の上では、歩哨が武器を持って行ったり来たりしている。都市国家全体で収容所を構成しているようなイメージだろうか。今回もまた、とんでもないところに来てしまったかもしれない。
程なくして、わたしたちはバイソン市に到着、隻眼の黒龍は地上に降り立った。市街地を囲む城壁が左右に広がり、目の前には巨大な城門が、圧倒的な威圧感をもって、そびえていた。