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魔法の使い方4



 ああ、もう嫌だ。


 そもそもが間違いだった。

 朝の父親の話から断固として断っておけばよかった。断れなくても、そこは気合だ。気合でどうにかなる問題ではなくても、ここは土下座で誠心誠意を込めてお願いすればっ……いや土下座しても相手がその意味を分からないんだった。踊りでもしているのかいアーシュニウルのではないようだけど踊りの先生から習ったのかな、流石僕の娘だ形が様になっているよ、と土下座の形を褒められでもしたら笑えもしないし泣くにも泣けない。

 ともかく過去の自分を叱咤しにいきたい。


 だが悲しいかな、タイムマシンはどこにもない。




「まあ」


 扇子で口元を隠したまま、母親は目をまあるくしてこちらを見上げていた。私を抱えているお……うじさまが立っている為に必然的に座っている人は皆見上げる形になる。だが以前より高さが低い気がするが、気のせいか。

 その近くでハーキュリーズ・オルコットが眉間に手を寄せているのだが、やはり貴様の差し金か。うふふ、これからは父親に弄られていても助けてやらないから覚悟しておけよこのへたれ野郎。まあ私が助けた事などこのかた一回もないのだけどな。


「シャル、貴方そのような他愛もないことで不様な声をあげるなんて、淑女(レディ)の名折れですこと。侯爵家の人間として恥ずかしい事と心得ていただけて?」


 え。そちらですか、お母様? 私を抱えて満足気なこの人は放置の方向でいかれるのしょうか。確かに何かしらの反応を見せるよりも無視をした方が相手へ精神面において効果的な痛手を与えられるとは思うのだけど、一応でも相手は王族でしかも一応でも第一王位継承者だ。不敬罪に当たらないのだろうか。

 目を丸くした私を目で再度嗜めた後、間をおいて母親は溜息を零した。その溜息すら絵になるというか優雅に見えるのだから、貴族って恐ろしい。その綺麗な姿勢を保つのにどれくらい練習したのだろうか。


「あら、それに、この場にあるはずもない高貴なお色が(わたくし)には見えますこと。……困りましたの。私、まだ夢見ているのかしら」


 貴族というのは身体だけでなく言葉にも煌びやかなものを飾り付けたがる。

 1つ何かを言うためにずらずらと言葉を飾り立てるのが常だ。あれが綺麗ね、だけを言うためにも季節の美しさが入りその綺麗さを何かに例えて言う上で言葉を並び立てる等、そのために会話はもの凄く長くなる。

 その上で、特に貴族の女性には優雅さが必要だ。必然、会話と会話の間に()があく。正直まどろっこしい。

 ただまあ、故郷でもかつてはお嬢様言葉は下層階級の言葉とか花魁言葉が起源の下品な言葉遣いだと非難されていた時代もあるという説も無きにしも非ずなので、このお嬢様言葉も言い回しも今の貴族の流行なのだろう。ちなみについ先程まで読んでいた初代王についての書物で、この手の言葉遣いをしていた人はいなかった。

 ちなみに嫌味を言う時も直球で「あんたなんでこんなとこにいるの?」とは聞かない。婉曲に婉曲に相手へと告げるわけだ。結構読解力も必要になるわけである。なかったら届かないわけだが。

 なので私が習った言語には相手を貶す言葉はない。俗語なんて以ての外だ。他に粗野な言葉も、耳障りな言葉も、美しくないとされる言葉もない。語彙が乏しくなるわけである。

 幸か不幸か、変態も幼女趣味という単語も知らないのでうっかり口を滑らして王子様を貶して首打ち御免、な事態は迎えないのだろう。将来的には分からないが。


 母親が告げたのは飾った言葉を抜いた、結構直球に近い言葉だ。要は「あんたなんでこんなとこにいるの?」といった、かなり不敬な言葉である。

 いいのだろうか。仮にも王族、仮にも相手は王太子。いきなり不敬だと誰かしらに切りかかられないだろうか。ありえそうで怖い。

 左右を見渡したくなるが、今、私は王子様の腕の中――なんかこの表現もの凄く嫌だ、な状態ではあまり身動き出来なかった。


「殿下の仮にも謀る行い、許されようものでもないことと存じます」


 母親はそれだけを告げると、それ以降は口を閉ざした。

 扇子の向こう側、オリオン・ブルーの瞳が微笑む。沈黙のまま微笑んでいるのだけど、そうでないように見えるのは気のせいだろうか。

 普段のうふふ貴方はいつも素敵ね私逢う度に貴方に娘の頃のようにいえそれ以上にときめいてしまうのどうしましょうこれ以上ときめいたらしんでしまうわ私の素敵な旦那様、なバカッポーの片割れは何処にいった。ちなみにこれは毎日の挨拶に組み込まれている。更には父親はもっとこっぱずかしい発言をするのだが私はほとんど聞いちゃいない。

 視線は真っ直ぐと私の頭上、王子様へと向かっていた。


 しばらくの沈黙の後、静まり返った部屋の中で呟きともいってよい位の大きさの声が聞こえた。


「……いつからだ」


 静まり返った部屋ではその声はよく聞こえた。高らかな、女性の声だった。声のはりからして経験を多くつんだ老成した女性ではないだろう。だからといっておおよそ何歳位かなんて私には分からない。

 ゆったりとした間をとって、母親が返す。


「始めの方からです、殿下。仕草が少々女性的かと存じます」


 会話と会話の間にわざわざ間を空ける母親とは違い、会話の相手は即座に返していた。個人的には母親の会話の相手の方が、会話をする相手としては好きだ。率直な物言いだし。

 だがこの声の主は誰なのだろう。部屋を見渡して、口を開けている者はいなかった。それよりも、部屋の中のほとんどの人と視線が合うのだが、これは一体なんなのか。……ちょっと待て。そういえば私は誰の腕の中にいるんだ。母親は「殿下」と呼んだ。殿下といえばこの部屋の中にいる殿下は1人しかいない。

 恐る恐る見上げれば、その人は口を開いていた。その口から零れるのは、鈴が鳴るような愛らしくも可愛らしく口ずさむまるで秋の空を舞う小鳥のようなお声であって。やばい文才ないわ私。


「貴方には敵わないな」

「恐れ入ります」


 心からの言葉で言わせていただくと、ごめんその顔でそれは合ってなくてキモチワルイ声だよ王子様。




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