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魔法の使い方3


 リザとマリアが持ってきてくれた初代王についての書物は、予想以上に面白かった。


 私が読んだ書物は、かつてアーシュニウルにいた市井の詩人が歌った詩歌を元に作られたものらしい。初代王の建国までの道のりと、彼を中心とした仲間達との冒険とロマンスが臨場感豊かに書かれていた。

 当時英雄譚として親しまれたらしい、女神を褒め称え祈り、女性への愛の喜びをも謳ったこの詩歌は、山を越え、街から街へ、村から村へ、人から人へと愛されて語り継がれていったのだろう。


 当然ながら私が読んでいるこの書物に書かれている言語は、祖国で使っていた言語ではない。

 私が普段使っている、アーシュニウルやこの国と隣接した数ヶ国で使われている言語をアイン語といった。

 過去に使っていた規則とは一致せず、最初は覚えるのに苦労した。人間、死ぬ気でやれば出来ない事はないと教えてくれた出来事でもある。

 ただ一口にアイン語とはいっても、地方でそれぞれ方言があったりするので、アーシュニウル方言しか覚えていない私では他の地方の人とは話せない気がする。

 ちなみに、更に隣の国へ行くと違う言語が使われている。それは勉強中だが、私が上手く話せるようになるかは物凄く怪しい。アイン語でさえ拙い発音だというのに、これ以上は無理だ。

 大陸共通語というものがあればありがたいのだけど、世の中そんなに都合がいいわけはなく、そんなものがあるなどと聞いたことがないのでないのだろう。


 手に持っている書物のページを捲る。


 書物を読む限りでは、初代王の妃となった人は、かつてこの大陸を統治していた帝国の皇族の末裔であったらしい。都合が良すぎだろうが、英雄譚だし、そういうものなんだろう。

 王妃とは愛し愛され、子にも恵まれて4人の子を成したと書かれていた。

 4人の子のうち長男は初代王の後を継ぎ次代王となり。1人は体が弱く若くして亡くなったようだが、他の2人は大公として兄王の治世を支えたらしい。


 初代王は仲間にも恵まれていた。

 国を建国した後は、かつての仲間は皆要職に就いていた。

 老賢人は宰相へ、初代王の親友ともいうべき青年は騎士団長へ。

 そして、彼を支えた仲間達のうち3人、それと幾多の国を平定する中で彼の元へと下った部族の王等4人が、国境付近の領の守備に就いた。これが今のアーシュニウルの7つの侯爵家のはじまりだ。


 ご先祖様の話はさておき。家族や仲間に恵まれた初代王だが、突っ込みたいのは彼の建国までの道のりの間である。

 行く先々の国々で仲間を得るのと同時に、初代王は行く先々で出逢う女性達を口説いてハーレムを作っていたような事を書物は匂わせているのだが、これは本当なのだろうか。故国での用心深(シャイ)さをどこに落としてきたんだ、初代王。


「お嬢様、先生がお越しになられました」

「わかったわ」


 リザに告げられたので、書物を渡して長椅子から立ち上がる。

 父親には特に何を用意しろとも言われていないので、普段より華美でたっぷりとレースの装飾の施されたオレンジ色のドレスを着て、先生のいる客間へと向かった。

 わざわざ着替えたのは貴族の対面というやつである。元庶民にはさっぱり理解できない慣習だが、貴族として生きていく以上飲み込むしかないのだろう。




 後ろにブリジットや騎士達を引き連れて皆で並んで歩く様は、昔だったら一体なんのパレードだろうと思っただろう。けれど生憎、ここでは普通の事だ。

 ずらずらと人を引き連れて客間のドア付近までいくと、会話が聞こえてきた。


「夫人は相変わらずお綺麗ですね」

「まあ、嬉しいわ」


 ころころと微笑う声に重なって、低い男性の声が聞こえた。


 家令が扉を開けてくれ、中へと入る。

 やたらと煌びやかに飾り立てられているわけではなく、落ち着いた色合いで統一された家具で揃えられた客間の中央には、母親と1人の男性が向かい合って座っていた。母親の後ろには侍女が、男性の後ろには国軍の制服を着た青年がいた。

 女性の方が、入ってきた私を見て顔を綻ばせた。


「シャル」

「おかあさま、おかげんはよろしいのですか?」

「ええ、大丈夫よ」


 濃い金色の豊かな髪を結わえ上げて、子持ちとは思えない出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んだラインの身体を藍色のドレスで着こなしているのが私の母親だ。

 しばらく寝込んでいた為、少しばかり頬が痩けている気がする。それでもその華やかな美貌が損なわれないのは流石というべきなのか。

 この人に似ているといわれる(シャーロット)が、将来成長したらどれだけの美女になるのだろうか。怖いような楽しみなような気分だったりする。


 彼女は、近寄ってきた私の両肩に手を置きながら、前を向かせる。

 そこには、先程母親と一緒に笑っていた青年がいた。


 年齢は20代半ばで、父親や母親と変わらない。ほぼ赤に近い茶の髪に、翡翠の瞳は優しげにこちらを見ていた。日焼けした肌に着ているのは魔法師団の制服だと、前に目の前の人から聞いた。

 私が知っているこの人は優しいというかヘタレくさいのだけど、噂で聞くところでは魔法師団の中でも優秀らしい。この年で部隊長なのだから本当の事なのだろう。とはいえ、父親と接している時のいじられ具合を見る限り、それも怪しいが。


「シャル。彼がこれから貴方の魔法を教えてくださることになった――」


 母親の言葉を聞き、彼は笑みを浮かべた。

 こちらに差し出された掌に乗せようとこちらも手を伸ばせば、差し出された手に集まってきた光に動きが止まった。

 視線の先にあるのは、目の前の人の掌だ。そこで、幾つもの白い光の粒子が集まり、固まり、そして弾けて拡散していく。……な、なにこれ? 蛍? 光源はどこにあるのだろうか。目の前の事が信じられず、目を瞬かせた。

 けれどそれも、落ち着けば答えが出た。魔法なのだろう、これが。答えを誰も言わないので正解かは分からないが、多分魔法で合っている気がする。


 納得したところで、ふと足元が可笑しい事に気付く。地面に着いているはずの足が上下に動かして動くなんて、普通ありえない事だ。

 下を見れば、足が動くのも当然だ。地面に足がついていなかった。


「……え?」


 下を向いている間にも、地面が遠ざかっていくのが見えた。

 慌てて左右を見渡せば、いつの間にか私の肩から手を離した母親が扇子を持って口元を隠していた。目は何時もと変わらない微笑を浮かべて私を見上げていた。

 そう、見上げていたのだ。上昇するうちに天井近くまで上げられた私は、逃げようと足をバタつかせるが一向に進む気配もない。というかこれ怖い。何で宙に浮いているの私! やっぱりこれも魔法!?


「本日もご機嫌麗しく何よりでございます、ご令嬢。私が貴方様の魔法をお教えすることとなりましたハーキュリーズ・オルコットと申します。今後よろしくお願い致します」

「いーや゛あああぁぁぁぁぁぁ!」


 下で誰かが何か言っていたけれど、それどころではなく恥も外聞もなく叫んだ。

 魔法で人を宙に浮かすのは止めて! マジで止めて止めろお願い止めてください紐無しバンジーは怖いんだってば!




 しばらく叫んだ後、ようやく下へと下ろしてもらえた。

 誰かに抱きとめられたので、その人にしがみ付く。本当に本当に怖かった。予備知識もなしに宙に浮かされてみろ、恐慌状態になるのは当たり前だ。ヘタレめ、私になんの恨みがあってこんな事をしたんだ。ヘタレと思ったのが悪かったというのか。

 ふわりと、抱きついた相手の香りがした。デザートのような甘い香りに、少し落ち着く。以前嗅いだような気がするが、私の護衛で付いてきていた騎士の誰かなのだろう。

 力の限りしがみ付いていれば、小さく笑う声が上から聞こえた。


「君から抱きついてくれるなんて、情熱的だね」


 ――ん? つい最近聞いた事のある、しかもヤバイ言葉を聞いたような気がする相手の声に、顔を恐る恐る上げる。


 父親や母親を見慣れている私でさえも驚いてしまう、私の乏しい語彙ごときでは表現できるはずもないべらぼうな美貌。漆黒の髪を頭上でひとくくりにした髪型。

 香りを覚えていたのも、当然だ。つい最近、このお方とはお会いしたばっかりなのだから。


「お、おおお……じさま」


 私の言葉に、そのお方は、莞爾(かんじ)として微笑われたのだった。




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