魔法の使い方2
「姫様、こちらを」
「ありがとう」
リザとマリアが出て行った部屋で、私はブリジットから差し出された羊皮紙をテーブルに広げた。
私には、生憎と自由に行動できる権限がない。
基本は父親、父親がいなければ代行の母親に許可を貰わないと外へさえも行けない。もし勝手に出て行っても、護衛に捕まり邸宅へと戻されるのがオチだ。
すべては私の身を守るためだ。
どれだけ面倒だろうと、私は私自身を軽視して行動する事は許されない。仮に私が害されたとしたら、ブリジットや護衛の者が処罰されるだろう。処罰だけならまだいいが、下手をすれば殺される。その上父親がどう動くかも分かっていて、貫けるほどの意志はない。
けれど、守られるだけでは文字通り籠の鳥、もしくは箱入りになってしまう。
それでは情報を探ろうにも、何も出来ない。
今回の騒動に関して、未だにほとんど何も知らないのだ。
問題が起きている事は確実なのに、数日経とうとも父親から何かを言われる事もない。他の誰かからの接触もまったくない。周囲は腫れ物扱いをしてくるのみ。
渦中にいるはずなのに、まるっきり蚊帳の外である。
だったら自分で探るしかないじゃないか。そして、自分で情報を取りにいけないのならば、誰かに協力を求めるしかない。
というわけで、ブリジットをこちら側に引きずり込むことにした。
私に対しては驚くほどに過保護だから反対もされたけれど、説き伏せれば、彼女はしぶしぶと協力してくれた。
彼女は、父親の一族に連なる者の中から、私の守役として選ばれた子である。
父親の一族は祖父が既に故人な為、イーズデイル本家の直系である父親をトップに据えている。ブリジットも、彼女の父親であるバージェス伯爵も、各教科の先生方も、うちの一族の傍系に当たる。
これでも私は結構な勢力のトップの娘なのである。
そんなトップの、しかも現時点では次期侯爵の夫人となる予定の娘の傍仕えとなった娘がぼんくらなはずがない。実際、ブリジットは頭の回転が速い。知識もある。貴族社会や政治に関してほとんど知らない私なんかよりも貴族社会のイロハを知っている。引き入れる方が利点が多いのだ。……予定だった、とは思わないから。絶対に絶対に思うものか。
羊皮紙に書かれた内容は予想していたよりも詳細で、思わず感嘆の声をあげてしまう。
「よくたんじかんでここまでしらべられたわね」
「王城の侍女は噂で把握しているそうです」
淡々と告げるブリジットに、思わず背筋がひやりと凍った。
私が依頼をしたのは、王子様の交友関係だ。特に女性関係。5歳児に性教育を施すのだから、王子様なら然もありなん。
それに、王族ならこの年になる以前に婚約者がいてもおかしくはない。今回の騒動はその辺にも原因があるのだろうか。……やはり趣味についていけなくて逃げたのだろうか。
王子様が私に求婚をした理由が幼女だからというのなら、お互いに利害関係が一致する他家の幼女を差し出せばいい。私の後ろ盾が目的ならば、他国の王女様を差し出せばいい。懸念すべき点といえば、この見た目にうっかり傾いたとかいうのが一番困る。自分でいいたくはないが、ナルシストかと呆れられない程に見た目超美少女なんだよ私。
過去の王子様のお相手を調べれば傾向ぐらいは分かると思ったのだけれど……なぜに王城の侍女の皆様は、王子様の過去噂となったお相手の名前さえも把握していらっしゃるのでしょうか。下手な諜報部隊の人よりも情報収集に優れているのではないだろうか。侍女怖っ。
でもそのお陰で王子様の女性関係が分かったのだから、感謝するべきなんだろう。
羊皮紙に書かれた女性の名前とその肩書きを指で辿っていく。
伯爵家の未亡人に、花街の関係者。後腐れのないお相手ばかりで、どれも馴染みの相手というわけでもなさそうだ。
それに、王子様には以前婚約者がいたらしい。お相手は公爵家のご令嬢。婚約解消をした理由は、お相手の家の失脚らしい。今では自分の領地に引きこもってしまっているとか。
羊皮紙に書かれたご令嬢の家名を目にして、私の視線は止まった。
「ブリジット、これは、ほんとうなの?」
「はい」
当たり前の事を聞かれたといった調子で返ってきた言葉に、思わず目が半眼となる。
私の思い違いでなければ、だが。確かこの家、アルフォード侯爵の敵対勢力の一派ではなかっただろうか。前に我が家のバカップルがそんなことを言っていたような。……気のせいだな。うん、気のせいにしておこう。
テーブルの隣、ブリジットが跪いたのが視界の隅に入った。
「姫様、発言と質問をお許し頂けますか?」
「ええ。ゆるすわ」
真剣な表情を浮かべたブリジットの真意が分からず内心首を傾げるが、許可を出す。
「姫様は、この件に関してどのようにお考えなのですか?」
「どう、とは?」
「……姫様は、王太子殿下との婚約を厭っておられるのでしょうか」
逆にその言葉に驚くが、よくよく考えれば相手は王子様だ。
将来、この国で最上の地位である王となられるお相手だ。その奥方の座といえば、女性では最高位の王妃。本来ならば、この上なく名誉な事なのだ。
でも悪いが、王子様は前世で培われた私の倫理観が受付不可だと叫んでいる。
羊皮紙を見下ろしながら、私は出来るだけ感情を交えないようにして話す。
「いやよ、ものすごく、いや。けれど、いとうていても、そうでなかったのだとしても、わたしのいしはかんけいないわ」
それは、周りの行動が物語っている。
数日経とうとも何も言わない父親。接触をしてこない他の人。
私の将来を決める事だとしても、私の意志はそこには関係ない。私に決定権は存在しない。あくまでも、アルフォード侯爵家の付属物なのだ。私は。
「……姫様」
悲痛な顔を向けてくるブリジットに、私は笑みを向ける。
だからといって、ただ大人しく家にいる気はない。
出来るならこの件をなかった事にしてしまいたい。
だが仮にこの件がなくなったとしても、問題はある。
「恐れながら、姫様。仮に婚約の話が消えたとして、王家が見向きもしなくなったという事実は、姫様の価値を下げます」
「わかっているわ」
王子様との話がなくなれば、アルフォード侯爵に非があると見る人は多いだろう。
他家の醜聞に飛びつかない貴族は少ない。
そんな、もしかしたら王家の怒りを買ったかもしれない娘を、誰が好き好んで招き入れるだろうか。少なくとも、私なら他の同じ条件の娘にするだろう。
「だから、わたしのこんやくしゃもへいこうしてさがさないと」
個人的にベストなのは王子様の弟か、もしくは親戚だ。
それならば王家の怒りを買ったとかいう噂に反論できる。
確か王子様と弟王子様の下に、御年5歳の弟君がいたはずだ。
もういいよ、この見た目ならショタとは言われないだろうから、王子様よりはマシだ。
「姫様、流石です」
基本的に私の言葉には賛辞しか送らないブリジットと胸を張った私という、一種異様な空間は、扉を叩かれるまで続いたのだった。