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魔法の使い方1

 三つ子の魂百まで、という諺が故国(にほん)にはあった。

 幼さいころの性格や性質は、年をとっても変わらないという意味だったはず。


 私がシャーロットという異世界の人間になっても、私は『私』だ。

 この身が侯爵家の血を引いたやんごとなき生まれのお貴族様だとしても、綺麗なものだけを見て、高価で綺麗な物に着飾られて箱入り娘として生きてきたとしても、根っこは日和見主義で打算的なわけである。

 生憎と、アーシュニウルの民である事に誇りを持つように、アルフォード侯爵家の娘である矜持を胸に抱くように、政略結婚を当然と思うように、と生まれた時から叩き込まれようとも、素直に受け入れられない。

 空気を読んで表面上は頷いているだけで、理解はしているけれど納得しているわけがない。

 私は『私』。それは何があっても変わらない。


 変わらないのだ。

 だから、そう。


「本日もご機嫌麗しく何よりでございます、ご令嬢。私が貴方様の魔法をお教えすることとなりましたハーキュリーズ・オルコットと申します。今後よろしくお願い致します」

「いーや゛あああぁぁぁぁぁぁ!」


 魔法で人を宙に浮かすのは止めて! マジで止めて止めろお願い止めてください紐無しバンジーは怖いんだってば!







 貴族の娘には、教養が求められる。

 教育ではなく、教養。貴族の娘に、いずれは夫人としてお邸の主となる娘に教育というものは必要ないというのが大衆の見解だ。

 礼儀作法から始まり、音楽、縫い物、刺繍、ダンス、絵画、読み書き、算数、各国の言語。

 他にも必要に応じて、旦那を都合よく取り込む術、ならぬ旦那を魅了する方法の勉強とか。口調から思考から褥の中までとその種類は千差万別。

 しかし5歳児にこんなことを教えるよりも、もっと違うものがあるだろうに。情緒面で変な方向へと突っ走ってくれたらどうしてくれる。


 再度強調するが、貴族の娘に、教育は求められていない。

 王の妃となる者ならば話は別だろうが、貴族の娘や夫人が政権に口を出す事をよしとはしていない風潮で、自分の娘に教育を施す親は少ない。


 朝、父親から聞いたことに驚いたのもそのせいだった。




「わたくしに、まほうのせんせいですか?」


 食事の手を止め、驚いた声をあげた私に、父親は笑みを浮かべた。

 考えるために視線を下へと落とし、朝から多くの種類を並べられている食卓の上の料理の品々を見つめる。


 この国の食事は、フランス料理に近い。

 トマトに近い食材であるレビーという食材を用いて、ニンニクや香草を味付けとした食べ物が多い。

 魚介類もよく食卓に上るので、海が近くにあるのだろう。

 パンも焼いたばかりなのだろう、まだ温かくて、焼きたてのような匂いがした。


 基本的には貴族階級の人間が食べるものだ。

 出される食事は、舌の肥えた私でもだいたいは食べられる。……養われている身で、ただの穀潰しな身で、大変申し訳ないとは思うのだけれど、一部の肉類や魚介類は生臭かったり香辛料のキツさで、食べているときに涙が出てきてしまう。涙が出るだけならマシだ。

 お陰で自主的に食べる量を制限せざるを得なくなる。


 食事のたびに、故国(にほん)の料理が恋しくなる。

 白米、味噌、醤油、蕎麦、うどん、チョコレート、ケーキ、カレー、ラーメン、天丼。ああ懐かしい。

 プリンなんて、触ればぷるぷるとしている。その上、食べれば口の上でふわっとカスタードの甘い香りがしたと思えば舌の上でとろりと溶けて、更にはカラメルの仄かな苦さがアクセントとなって。冷たいあのお菓子。思い出したら涎が出てきた。


 プリンの味を思い出していると、笑顔の父親と視線が合った。

 ああそうだ、プリン……いや、そうではなく、今は父親の話だろう。


 魔法は、教養ではなく教育に分類される。

 現に母親は魔法の教育を受けてはいないはずだ。

 それなのに私に教育を施すなんて、父親は何を考えているのだろうか。


「そうだよ。シャル、君は聡い子だ。本来はもっと後に学ぶものだろうけれど、私は君ならば理解できると踏んだ。どうだい?」


 父親には悪いが、どうだいと聞かれてもさっぱりだ。どうだい、の以前に私自身に判断基準がない。

 とはいえ、馬鹿正直にそれを口に出来るはずもなく、私はぶりっ子のごとく胸元で両手を組んで喜ぶフリをした。


「わあ、まほうがつかえるのですね! うれしいです!」


 嬉しいです、と大げさに喜んでみせる。

 子供というのも、案外楽ではない。


 けれど、魔法というものに心が沸き立っている事も事実。

 手を出して一呪文で城も山も破壊できるようになるのだろうか。

 どんな難病も、たちどころに治せたりするのだろうか。

 黒猫が喋ったり、箒で空を飛んだり、人の名前を奪って働かせたり、炎が喋ったり、老婆や案山子や豚に変えられたり出来るのだろうか。頭の中では、赤い豚がニヒルな笑みを浮かべて飛行機で飛んでいた。


 私の『魔法』というものへの見方など、ほとんどが映画やアニメからきているものでしかなく、要はなんか不思議だけど凄いものなんだろうというものでしかない。

 それでも、もし、火を灯せ、水を何もないところから出せるのが、何かを壊せるのが魔法なのだとしたら。

 突き詰めれば、何をも破壊出来るものへとなるのではないだろうか。


 魔法使い1人さえいれば、それは幾人もの、幾千もの兵力を1人で代用できるということになる。場合に寄れば、それ以上もの力となる。

 それは、凶器類を法によって持てない環境で庇護されて過ごし、今もなお人の保護下で守られて生きている私にとっては、怖いものでしかなかった。




 先生は知っている人だから、と言い残して王宮へと行ってしまった父親を見送りながらも、一抹の不安を覚える。


 生まれて5年。箱入り娘として育っているシャーロットが知っている人など、本当に数少ない。

 両親に、乳母、乳兄弟、守役のブリジットに、私の身の回りを世話するリザやマリアに他数名の侍女、侯爵家に所属する騎士数名に、この邸宅の家令、父親の友人、私の勉強を見てくれる先生が数名、という程度だ。……ああそうだ、王子様と弟王子様を忘れていた。

 その中に、魔法を使えて、更に人に教えられるほど知識の深い者などいただろうか。

 王族2人は問答無用で除外するとして、両親もないだろう。

 ブリジットや侍女、家令も今まで接してきてそんな話は欠片も出てきた事がないので除外。

 私の勉強を見てくれる先生達に魔法の心得のある人などいただろうか。歴史専門の先生は、見た目的に怪しい。


 考えても分からないが、答えは、嫌でもあと数時間後に判明するだろう。

 今悩んでいても仕方ない。

 思考を切り替えて、リザとマリアを呼ぶ。


「いかがされましたか、お嬢様」

「としょしつから、しょだいおうについてかかれたしょもつをもってきてほしいの」


 建国王リュージーン・アーシュニウル。

 私の前世の同郷かもしれない人。

 別に調べたところで何があるわけでもないが、知りたいじゃない。その人がどんな道を選んで、どんな道筋を辿ったのか。

 その人生は、幸いの多い人生だったのだろうか。

 辛いこと以上に、笑える事が多かったのだとしたら良い。

 別れ以上に、たくさんの出会いがあったのだとしたら嬉しい。

 会話をしたことも、会ったことすらもない人だけど。同じ故郷の人かもしれないというだけで、身内意識が芽生えるのは本当に不思議だ。


 ちなみに、私が部屋から動こうとしないのは動きたくないからというわけではない。

 私が動くと、私の護衛をしている人達が大変になる。

 私の行く先に危ないものがないか。部屋ならば、先に行って調べる。私が歩く間も、注意をして周囲を見回らなければいけない。

 自分の邸宅だからといって、何時誰が危害を加えないとも限らない。

 特に、今の私はある意味時の人として話題に上げられることが多いという。その状況で、誰がなにをするかなんて分からない。

 もし、私が今図書館に行きたいと言って行動してしまえば、何人もの人の手を煩わせることになる。

 それならば、誰かに行ってもらう方が煩わせる人の数を減らす事が出来る。

 だから私がぐーたからだというわけでは、決してない。決してないんだって。

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