その後の話3
主に王子様やエレオノーラ嬢の爆弾発言により一部が荒れたまま、舞踏会は幕を閉じた。
だがその後、僅か数日間という短い期間だというのに、驚異的な速さであることないことが噂となって流れている。
ひとつ、元老院は正妃にボールドウィン公爵家のエレオノーラ嬢を推しているらしい。
元老院とは、王の助言機関のことである。
構成員は上級貴族のみ。私から見て叔父にあたる人もここに在籍している。
そして王は、残念ながら、この元老院の意見をまるっきり無視出来るほどの権威を持っていない。
この国は絶対王政の形態で統治しているが、王権は絶対ではない。
王権は、貴族等、特権を有する者が統治に協力することで初めて成立する。だからといって貴族の全てが王族に従順であるかと問われれば、それは否だ。生憎と上位の貴族であればあるほど、従順ではない。それにしても、侯爵家の人間である私が一番言えた事ではないのだろうけれど、身分と忠誠心が反比例しているというのはどうなのだろう。
その上で、歴々の王家はそれなりのバランスをとって王の妃を決めてきた。
それが今回、元老院の思惑とは違い、王子様の独断で動いたのだ。荒れないはずがないだろう。
けれどもし、エレオノーラ嬢の件が彼女の父親が根回しをしたというのならまた違うだろうけれど。仕組まれた八百長だったとばらしたら、面白い事になりそうだ。
ひとつ、王家は今のところ沈黙しているらしい。
王子様の爆弾発言に対しても、今のところ何も表明してはいないみたいだ。
出来ればどういうスタンスでいくのかを知りたいから、早めに意思表示をしてもらえた方がいいのだが。
まさか息子を誑かしたとか言い掛かりを付けられないとは思いたいのだけど、どうなんだろう。
ひとつ、アルフォード侯爵家のシャーロット嬢のあの姿は仮の姿で、実際は妖艶な美女である。あの幼子の姿は魔法でわざと見せているらしい。
嘘だ。これは間違いなく嘘であると私は断言しよう。
私の心も体の年齢も、見た目通りの5歳児である。転生する前の年齢? それは乙女としてはカウントしないのがお約束でしょう。
ひとつ、ボールドウィン公爵とアルフォード侯爵の間で激しい政治闘争が繰り広げられているらしい。
2人が狙っているのは、王子様の正妃の座だとか。互いに娘を正妃につけたいらしい。
ボールドウィン公爵の方が有利そうだが、相手はあのアルフォード侯爵である。一概にどうとはいえないようだ。ところで父よ、あの侯爵、と囁かれるなんて貴方は普段何をしておいでなのでしょうか。
ひとつ、これが一番凄かったのだけど、予想通りというかなんというか、私と王子様の捏造に捏造を重ねた恋愛物語。
登場人物の名前以外に合っているもののない、悲劇あり喜劇あり捏造ありの物語である。
噂の中では、小さな頃に花畑で出会った王子様と侯爵家の娘シャーロットは、互いに互いが何者かを知らずに結婚の約束をした。そして成長をした2人は、とうとう王宮で再会した。惹かれあう2人。だが、王子様には既に婚約者であるとある公爵家の令嬢がいた。人に隠れて逢瀬を重ねてゆく2人。好きになってはいけない人なのに、それでもどんどんと深みに嵌まっていく。そんなシャーロットだったが、彼女が弟王子の目に留まり、無理やり彼の婚約者とされてしまい……。続きは次の噂で。乞うご期待。
いや、守役から聞いたのは本当にそんな噂だった。聞いたときは本当にたまげたね。どっかの小説で読んだような話だ。
こちらに関しては、主に貴族の女性の間で広まっているものらしい。
世界が違おうとも、乙女のツボを突く王道的な恋愛物語は共通しているらしい。
もうなんというか、ここまで自分に掠らない噂だと次はどうなるのかある意味気になってしょうがない。『とある公爵令嬢』の捏造話から、何がどう転がってこのような話に発展したのだろうか。弟王子なんて、その場にいただけなのに悪役にされているなんて可哀相に。
総じて、あからさまな嘘が混ざっているものの、大半の人には嘘か本当か判別のしにくい噂が出回っていた。
そもそも噂なんてただの伝言ゲームなのだから、人から人へ伝えられていくうちに正確な情報は歪められていく。
特に人は噂程度ならば、事実を正確に伝えるというよりも、聞き手が面白く感じるのなら多少の話の拡大はやむなしと考える人の方が多い。もしくは、そう思い込んだ上で口にしてしまうか。
かくいう私もその口である。過去に幾度となく、聞いた噂に尾ひれ背びれを付けて人に伝えてきたか。
だから、自分に関係ない、しかも面白そうだからと噂をしたくなるのもよく分かる。分かるのだけど、そのせいで今回は噂の人物として人の視線に晒されてしまっている身としては、勘弁してくれと言いたくなる。
そして、本来ならば名誉な話が、今回は同時に政権争いを始めとして様々な問題を起こしてしまっている。その上この話が最終的にどこへ落ち着くのかも分からない。
お陰様で微妙な空気を孕んだものとなってしまい、子供の私に対しては皆どう対応していいのか分からないのだろう、腫れ物に触るような扱いになっているのには苦笑いをしてしまう。
「姫様、花冠というものは出来ましたか?」
唐突に後ろから話しかけられるが、私は焦らず、後ろへと振り返った。
そこには、1人の少女がいた。
この国では数え年で年齢を計算するようなので、年は15。薄い金の髪を頭上で一つに纏めていて、そこに髪飾りはなく、随分とシンプルな髪型だ。すらりとした身に纏うのは黒一色の、この国では珍しくも男性と同じズボンを履いている。
父親の一族に連なる者で、その姿からは分からないが、歴とした貴族のお嬢様である。
翠の瞳が綺麗で、微笑うと普段の凛とした様子からは想像できない程に可愛く見える、私の守役の1人だ。
「ええ、できたわ。みてブリジット」
完成したばかりの花冠を見せれば、彼女は年齢にそぐわない仕草で鷹揚に頷いた。
「流石です、姫様。素晴らしい花冠です」
「……そこまでほめられるほどのできではないわ」
「いいのです。姫様の手が入った品に不出来なものは御座いません。このブリジットは存じております」
そして、少々どころかかなりの過保護でもある。
初めて会った時は敵意むき出しで睨みつけられていたはずなのに、どこをどう間違えてこう真逆な態度になったのだろうか。謎だ。
ブリジットは膝を折って屈みこみ、私と視線を合わせてくれた。
彼女は精神的に擦れた私と違い、正真正銘の貴族のお姫様である。時折、手ではなく足が出そうな私とは違い、最近は周りの人間、特に一部の騎士に感化されて雑な仕草も増えてはいるが、それでも流れるような優美な仕草を意識せずとも出来るお嬢様だ。私とは違い外にほとんど出た事がなく、花冠すらも作った事のなかった、まさに深窓の令嬢だ。
「では姫様、そろそろ邸宅へ戻りましょう」
「ええ」
「お待ちください、ブリジット様。お嬢様はまだ外に出てから、そんなに時間が経っていませんのに……」
ブリジットを止めようとするマリアを、彼女は冷ややかな視線で見つめる。
そういった視線に慣れている人ならばともかく、馴れていない少女には向けるのは少々酷だろう。案の定、マリアの顔が強張った。
「今、姫様の周りでは、何が起こるか分からない状況となっています。出来うる限り姫様の御身から危険を遠ざけようとする事の、何が悪いと?」
「で、ですがお嬢様はまだ5歳です! 5歳の子にそんな無理を強いるだなんて!」
それでも必死にブリジットに食い下がろうとするマリアを、思わず感嘆した眼差しで見つめてしまった。
私がいえた事ではないが、マリアは貴族の娘にしては些か甘い面がある。
甘っちょろいというか、年の割には可愛らしい考え方というか。子供は大人が保護して、細やかな気遣いや情愛を与えるべき脆い存在だと見ている節がある。周囲に大切にされてきたのだろうと推測の付くぐらい、彼女の考え方は貴族という人種にはそぐわなかった。
反面、ブリジットは貴族社会の中で育ってきた、正真正銘の貴族のお姫様だ。
貴族の事は同属である貴族の方が一部分ではよく分かっている。子供だろうと、周囲がそれで容赦してくれるはずもなく、いいように利用されてしまう事を彼女は理解している。どれだけ相手が子供だろうと、厳しくしなければいけない事がある事を知っている。
今回の花畑に行く事も、彼女はあまりいい顔をしていなかった。それでも来させてくれたのは、彼女なりの譲歩だったのだろう。
まあ何がいいたいかといえば、ちょっと突けばへこんでしまうマリアが、私の為にブリジットに立ち向かった事に驚いた。
しかし、お陰でただいま妙な空気になってしまっている。
私が下手に何か口を出せば、余計にこんがらがってしまいそうだ。やめて、私の為に争わないで! とか悲劇のヒロインぶって言ってみようか。流石にひかれるだろうな。
既に涙目になってしまっているマリアと、冷ややかな眼差しのブリジット、そして2人の間で見守るしかなかった私の間の妙な空気を破ったのは、残った最後の1人であるリザだった。
「花冠は早めに持っていかれないと、萎びてしまいませんか」
確かに。
淡々としたリザの言葉に毒気を抜かれたのか2人が同意すると、リザに指示されてそのまま邸宅へと帰る流れになった。
「さあ、お嬢様もお立ちください」
「ええ」
リザ凄いと慄いている間にも、手を引かれてそのまま邸宅へと帰る運びとなった。
ぼんやりとしながらも、私は、そういえば、と気になった事を思い出す。
そういえば、王子様の噂が最後の噂以外まったく流れていないのは、噂をすれば不敬罪に当たるから? それとも、意図的に流れていないの? どっち?




