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その後の話2

「あ、あのおうじさま」

「なんだい?」

「……いえ、なんでもございません」


 私には、それはやりませんという意味なんですとは言えなかった。

 どうにか撤回できないだろうかと頭を働かせるが、それは無理だとの結論に達した。

 少なくとも、今のこの状況の私では無理だろう。というか万が一撤回出来たとしても、次の回答も『鋭意努力します(やりません)』しか思い浮かばない。言葉を変えたところで結局同じ意味な上に迎える結果も同じでは、撤回する意味がない。

 機転の利かない我が身を恨めばいいのか、かつての故国でいらぬ知識ばかりを覚えてきた我が身を悔やめばいいのか、答えは出なかった。

 だが、こんな事になるなんて普通思わないだろう。


 それにしても、何故に王子様はそんなに微笑ましそうな顔で私を見ているのだろうか。止めてくれ、その眼差しは父親を思い出して全身がむしょうに痒くなってくる。


 父親といえば、あの両親は、この王子の申し出を喜んでくれるのだろうか。

 婚姻は政。王族や貴族は、一族の存続や影響力の増大を図るために、血の繋がりでもって強固な関係を築いている。

 父親と母親も両家の思惑の元、結婚した。

 それは王族である以上、王子様も例外ではない。

 利益になりそうな他の国の王女、もしくは国内の公爵令嬢から選ぶものだとばかり思っていた。

 実際に、舞踏会にはそれらしき女性がいたのだし。一際目立っていた赤い髪の女性は隣国の王女様、取り巻きがたくさんいた少女は公爵令嬢だろう。

 だからこそ、王子様個人の好き勝手で求婚(プロポーズ)をやらかすとは思わなかった。実際には王子様はやってくださりやがったわけだが。

 それとも、王族の方で私の背景に何か利益になりそうなものでも嗅ぎつけたのだろうか。

 権謀術数は王侯貴族のたしなみとも揶揄されるほどに、日々貴族は裏では種々の計略を巡らしている。

 そんな貴族社会の中で暮らしていた正真正銘の王族の一員である王子様の言葉だ。もしかしたら先程の求婚の裏には何かあるのかもしれない。とはいえ今の私には分からない以上、考えたところでどうしようもない。


 ちなみに侯爵家の場合は、同じ地位である侯爵家、もしくは公爵家か伯爵家、いい場合だと王族と婚姻関係を持つ事が多い。母親は公爵家の出だ。

 一応付け足しておくと、侯爵家の娘の場合、王位継承権第一位である王子様へ嫁ぐ事は、決してありえない出来事ではない。名誉な事である。……本来ならばな。


 微笑ましそうな眼差しの王子様と、蛇に睨まれた蛙のような心境の私が見つめあう。若干、私の頬が引き攣っていたかもしれないが。

 そこにロマンスは欠片も存在しない。

 だが周りにはそう見えなかったと知ったのは、ある令嬢の叫びからだった。


「ヴィヴィアン様!」

「ああ、エレオノーラ嬢。いかがされましたか」


 王子様2人を囲んでいた人々の中を割って出てきたのは、私が公爵令嬢だと推測した少女だった。後ろには色とりどりのドレスを着たお供の令嬢方がいた。

 見た目は10代後半。

 ワインレッドのドレスを身に纏うのは、胸はメロンが詰まっているというのに腰は細いという、豊満な肉体だ。スカート部分は詰め物(ファージンゲール)を腰に巻いて膨らませているようで、ふんわりとしたカーブを描いていた。

 金の髪は綺麗に結い上げられていて、卓越した技術によって派手な飾りつけがされていた。

 顔は、一言でまとめるならば派手な顔である。華やかな印象を植え付ける顔とでもいえばいいのか。目鼻立ちがはっきりしている分、少しの化粧でも化粧をしっかりとしているように見えるというのに、ばっちりと化粧をしているお陰で物凄く派手に見える。

 だがその華やかな顔は、今は悲痛そうに歪められていた。


 対して、王子様は何も感じていないのか、先程と変わらないまま微笑を浮かべていた。

 悲痛そうな女性を見て何も感じないとは、鈍感なのだろうか。天然なのだろうか。それともワザとだろうか。


「……っ。その腕に抱えていらっしゃるのは、どこの方ですの?」

「ああ、この方ですか」


 そこで王子様は私を見つめた。ひどく可愛らしいひとを見る目で。


「彼女はアルフォード侯爵家のシャーロット・イーズデイル嬢です。彼女のあまりの愛らしさに、僕は心を奪われてしまいました」


 美青年が頬を染めて一目惚れなんですとはにかむ姿は、他人事だったらカッコイイとか可愛いとか、周りの女の子と一緒に騒いだかもしれない。

 昔なら、携帯の写メで撮りながら友達と騒いだだろう。心の底から他人事だったから。

 だが言っている内容が内容だ。変態であることを暴露している内容には、可愛いもなにもあったものじゃない。むしろ当事者としては自分の身の危険しか感じない。


 エレオノーラ嬢にも衝撃的な事だったようだ。

 青ざめた顔でよろめいたところを、取り巻きの女性数人に助けられていた。

 もしかして、エレオノーラ嬢は王子様の事が好きなのだろうか。

 それなら王子様、是非とも君はあの美女に応えるべきだ。いじらしい姿の女から言い寄られて悪い気はしないだろう。しかもメロンで美女ならば、更に申し分はないはずだ。


「ヴィヴィアンさま……わ、わたくしには、目の前の彼女はまだいとけない子のように見えますわ」

「ええ。ですが、愛に年齢は関係ないでしょう?」


 関係ある。あるから離してくれ。

 だが視線を向けても、王子様はこちらを見てなどいなかった。


「そ、そんな……っ」


 悲しげに震える美女の姿は、庇護欲を抱かせた。

 ほら行くのだ王子様。私などそこらに置いてさあ、さっさとエレオノーラ嬢の元へ行ってしまえ行くんだ行ってください心からお願いします。


「……わたくしは」


 さっさと行くんだ王子様。

 だがそう心の中で語りかけていたのも、次の瞬間までだった。


「わたくしは、お慕いしておりましたの。お父様も元老院に根回ししておくから大丈夫だよと仰ってくださったわ。……けれど、2人が既に愛し合っていただなんて!」


 おいこらちょっと待てや。

 止めようとするが、それよりも早くエレオノーラ嬢は取り巻きを置いて去って行った。その速度は、貴族の子女にしては異様に早い。


 先程、彼女は何と言った。あいしあう、という摩訶不思議な言葉が聞こえたような気がするのだが。

 その意味を再度思い出し、咀嚼して、それから私は王子様を見た。


「おうじさま、エレオノーラさまをおいかけてください」

「どうしてだ?」


 こちらにしてみれば、どうして王子様がそんなに不思議そうな顔をしているのかが分からない。


 彼女は言った。『2人が既に愛し合っていた』と。そんな事を誰も言っていないのにも関わらず、だ。

 きっかけは王子様の言葉だとしても、彼女の思い込みは、思春期の少女特有の思い込みの激しさどころではない。これは捏造の域だ。

 僅か数分でそこまで思い込めるエレオノーラ嬢を放置しておいたら、それこそ山あり谷ありの恋愛物語が彼女の中で作成されてしまうではないか。

 しかもあの年頃の女の子だったら、きっと周りに話さずにはいられなくなる。そうしたらどうなるか。王子様と私の有りもしない捏造恋愛物語があちらこちらに散らばってしまう。

 それは嫌だ。非常に、非常に嫌だ。


 だから口にしたというのに、王子様は一瞬だけ考え込んだ後、先程と変わらない微笑ましそうな顔で私を見上げた。


「貴方は優しいね、シャーロット嬢」


 いやいや、王子様。君は一体どういう思考回路の末にそんな答えを叩き出したんだ。




 結果だけいえば、その後王子様は追いかけてくれなかった。

 ひどい。

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