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その後の話1

 我輩は侯爵令嬢である。

 嘘くさいというなかれ。侯爵令嬢だというのは私の妄想でも今更な中二病でもなく、私は歴とした侯爵令嬢なんだってば。


 侯爵は爵位の第2位。公爵の下位、伯爵の上位に当たる。公爵は例外を除いて国王から王族へと与えられる階級だ。したがって、貴族の間では王族でないのなら侯爵が最高位となる。

 それを踏まえて、先祖伝来の城や土地を統治して生活が成り立つのだから、うちは上級貴族なんだろう。

 下級貴族だったならば、それだけでは生活は成り立たない。

 爵位に見合う生活というのは、兎にも角にもお金が掛かる。富と権力を誇示しなければいけないし。

 保てない場合は、店の店員として働いたり、畑を耕したりと、そのようにしてお金を稼いでいる貴族も少なくはない。若い女の子だと、私の傍仕えの侍女のように、伝手を頼って行儀見習いとして王城や上位貴族の邸宅へ奉公に出る子の方が多いらしい。




 今日は快晴だったので、侍女と守役と共に王都近くにある花畑に来ていた。

 何故来ているのかと問われれば、あれだ。最近の私の様子を見かねた侍女達が善意で、お嬢様のお好きな花畑に行きましょう、と善意で連れて来てくれたのだ。

 以前、私が花畑に行きたいと言ったのを覚えてくれていた子がいたらしい。


 花畑に座り込み、侍女2人に囲まれて彼女達の教えの通りに茎を輪に通していく。しかしこの白い花の名前はなんだろうか。元の世界にはなかったような気がする。

 今作っているのは花冠だ。

 侍女に何をしたいのか聞かれて、これしか思い浮かばなかった。

 5歳の女の子が好きそうなものとして他にままごとが思い浮かんだのだが、いくらなんでもこの年で侍女を相手取ってごっこ遊びとか、羞恥プレイの何者でもないので遠慮させてもらった。いや、この年でって私は今5歳児か。


「お嬢様のお作りになられた花冠、素敵ですわ」

「本当。初めて作ったとは思えないくらい素晴らしいです」


 当然だ。初めて作ったわけでもないので、要領を抑えればある程度は出来る。

 だがそんな事を言えるわけもないので、はにかみながらお礼を言う。


「ありがとう。おかあさまは、よろこんでくださるかしら?」

「当たり前です! お嬢様の作られたものなら奥様も旦那様だってお喜びくださいますわ」

「奥様の為にだなんて、お嬢様は本当にお優しいのですね」

「そんなことはないの」


 わざわざ力説してくれたり私の行動に感激してくれる君達には悪いが、これ、計算しているから。

 数日前に起きたある(・・)出来事に、生来精神的に強くはなかった母親は卒倒した。コントのようだが違う。今もベッドの中で唸っている。

 そんな母に私の作ったものを渡したら、多分喜んでくれるのではないだろうか。

 病は気からというし、少しは回復してくれればいい。私も絡んでいる事が原因で倒れたので、多少罪悪感があるのだ。


「流石、お嬢様。殿下に見初められたのも……」

「マリア」


 侍女の1人であるマリアが胸元で手を組みながら言いかけた言葉を、他の侍女が遮ろうとする。だが残念。ほとんど言ってしまっていた。

 恐る恐るといった態でこちらを覗いてくる侍女達に首を傾げて見せる。


「ほんらいは、めいよなことだとおとうさまからききおよんでいるわ。だから、そんなにマリアをおこらないで、リザ」

「失礼致しました、お嬢様」


 頭を下げるリザに対して首を振る。


 本来は名誉な事だろうそれ(・・)が今回に限って微妙な空気を孕んだものとなっているのは、ひとえに王子様ことヴィヴィアン殿下の問題発言に起因する。







 時は数日前。舞踏会に遡る。




「シャーロット嬢、僕の婚約者になってくれませんか?」

「お前ロリコンだったのかー!?」


 と、公の場で幼女趣味の変態(ロリコン)を暴露した王子様だったが、あの後も色々な意味で可笑しかった。


「あ、あにうえ?」

「なんだ」


 ぼうぜんとした王子様。いや、今私を抱き上げている人も王子様だな。弟王子の呼びかけに、王子様は爽やかな笑顔でもって応えた。

 だがこの男はロリコンである。ペド野郎である。王子様で金があって権力が付随していてべらぼうな美貌を持っていて噂が正しく賢くて性格がよくても、ただその一点だけで駄目だ。身の危険を非常に感じる。ロリコン駄目、絶対駄目。


「兄上が、兄上が……っ!?」


 弟王子も今まで知らなかったらしい。ショックだろうそうだろう、私もショックだ。

 弟王子は衝撃を受けた顔で後退ると、芝居がかった仕草で大袈裟に頭を抱えて苦悩しだした。彼の頭上からスポットライトが当たっていそうだった。現実には当たってなどいないが。

 しばらくの間はそんな弟王子を眺めていたが、ところで、と王子がこちらを見た。思わず体を強張らせてしまう。


「それでシャーロット嬢、このお話を考えていただけますか?」


 私は考えた。

 頭が痛くなるほど考えた。


「こんやくしゃとはなんですか?」


 わたくし何を言われているのか分かりません、といった子供らしい表情を浮かべて首を傾げる。

 物の分からない子供にこれ以上話は進められないだろう。上手くいけばこれでなんとか煙に撒けないだろうかと考えたのだが、それは浅知恵だったようだ。

 王子様の目が嫌な光を帯びて細まったのが見えた。


「シャーロット嬢、嘘はいけないよ」

「もうしわけございません」


 勝てなかった。


 個人的感情は嫌だろうと、お上に逆らえるほど私には度胸がない。厳格な身分制度が存在している国で、公の場で上に逆らう事がどんな意味を持つか。それが分からないほど子供ではないのだ。

 私自身が貴族の一席に名を連ねる以上、婚姻は政となる。

 この場で、私が言える言葉は1つのみ。選択肢などない。

 それでも、分かっていても、割り切れない気持ちがある。いやだいやだと叫ぶ心がある。なまじ、前世の私がどう振舞っていたか、それでも許されていた事を覚えているからこそ人一倍反発してしまう。諾と口を開く事を許さない。

 ならば解決策はあるのかと問えば、それもない。突発的な出来事に、混乱していて考える余裕もない。機転がきくわけでもない。やるのなら後で、こっそりと裏でやるべきである。付け入る隙は多くある。それでも今は、この局面をどうにかすべきだ。

 私は考えた。どうにかする方法を。

 知恵熱が出そうなほどに考えた。


 その結果。


「……まえむきにぜんしょいたします」


 お前はどこの政治家だ! という回答しか出来なかった。

 残念な頭で申し訳ない。


 言葉通りに解釈をすれば意欲に溢れているようにも感じ取れるが、実際のところは『やりません』という意味だ。

 かつての私がいた国で、政治を司るお偉いさんがよく答弁で使っていた魔法の言葉である。他に検討します、大変遺憾です、もその仲間になる。

 かつての私はテレビでこれを聞くたびによくやるなあと呆れていたが、こんなところで思わず口に出てしまった。

 変なところで自分があの国の国民であったという事を実感できたが、これは空しすぎる。


 だが、そこで問題は起きた。


「是非とも最良を尽くしてください。後で侯爵にも伝えておきます」


 あの『善処します(やりません)』は私のいた国の人、しかもごくごく一部にしか通じない言葉であり、他の国やそもそも世界が違う人にそのニュアンスが通じるわけがない。

 しからば当然、王子様に通じるはずがないのだ。

 王子様は私のベストを尽くしますという本来の意味に取ったらしく、にこやかに返されたことでその事実を知った。




 あれ、もしかして私、承諾してしまったことになる……のだろうか?

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