寂しみ
「周ちゃん」
ママが目を見開く。
”周ちゃん”と呼ばれたその男は
千鳥足で数歩歩いた後、
どたっと後ろから覆いかぶさってきた。
男性に免疫のない私はビクッと震える。
男はとても酒臭かったが、
何故か触れられて気持ち悪いとは思わなかった。
「ダメ、その子は私の」
「ゴメンネ、俺のこと嫌いにならないでよ」
男は、ママに向かってとも私に向かってともつかない
曖昧な距離で言うと、私の隣に座った。
「だいぶ酔っているみたいだけれど、大丈夫?」
「酒、頼む。
俺ァ苦しくってたまらないんだよ」
「そ」
ママは愛おしいものを見る表情で、
男の頭にそっと手を当ててつぶやいた。
「私ね、周ちゃんを見ていると
胸が締め付けられる気がするわ」
「………酒…を……」
そのうち男の寝息が聞こえてきた。
それは間違いなく母の手による安らぎであった。
「ふふ、貴方の最初のお仕事は
どうやら周ちゃんのお守りになりそうね」
「え…?」
私が驚いて声を上げると、
ママはカウンターに肘をついて、じっとこちらを見た。
「貴方のお名前を聞いてもいいかしら?」
「みつと、…」
「じゃあみっちゃんね。
周ちゃんが落ち着くまで、そこで様子を見ていてくれないかしら?」
「わが…わかり、ました」
「別に気を使わなくていいのよ。自然にしゃべってくれれば。
きっとその方が周ちゃんも喜ぶわよ」
ママは顔を変えなかったが、どこか意味ありげな声音だった。
当の”周ちゃん”はくーくー寝ている。
「その方が喜ぶって…?」
「そのうち分かるわ」
「あの、私、なんて呼べば…」
「私は邦子。皆にはママって呼ばれているから、
あなたもママって読んで頂戴」
「はい、ママ」
何故かママはクスクスと笑っていた。