表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

激しい雨の夜のことである。


バー・ウキシマのオーナーである邦子くにこは、

グラスを拭いている時ドア・ベルの音を聞いた。


だが、次に聞こえるべき人の声が聞こえてこない。


首を回して入り口を見ると、

そこには髪から雫を滴らせ、全身びしょ濡れの娘が立っていた。


娘は熱っぽいまなざしで

「ここで…働かせてください」

と半ば怯えたような目でこちらを見たぎり、

じっと黙って動かなかった。


邦子は相手を見定めるつもりでわざとだんまりを決め込む。


「働かせてください」

もう一度、娘ははっきりとした口調で言った。


「…こんな晩に追い返すのも気が引けるわ。

ちょっとこちらにおいでなさいな」

邦子は拭いていたグラスを置いてから、

今度は体ごと娘のほうに向けた。


娘はまだ遠慮して椅子から少し離れたところに立っていたが、

「貴方の一挙一動なんかで追い返しゃしないわ。

本当に雇うかどうかは後で相談に乗るとして、

今は私のこと、お母さんとでも思ってくれればい」

と、邦子は穏やかに笑った。

語尾が消え消えになるのは、バー・ママの生活の悲しさであろうか。

それとも女の一生の悲しさであろうか。


邦子はカウンターの外に出て、

手ぬぐいで少女の髪や体を丁寧にぬぐってやった。

邦子は藤色の着物に黒の帯をぎゅっと締めていかにもバー・ママらしく、

また全体的に華奢であったが、

どこか母親のような雰囲気が感ぜられるタイプであった。


少女は少し涙が出た。

それは安堵の涙でもあり、

優しさへの涙でもあったであろう。


少女を席に座らせると、

「何にする?

ああ、でもあなたの雰囲気だと…

お酒は辞めたほうがいいかしら?」


「…はい」


「そう緊張しないで」


「わァ…わたし、んと…」


「貴方もしかして…、

苦労してきたのね?」

邦子の瞳は確信を持って細められる。


「聞きはしないわ。

難儀な時代さ…」


その時再びドアが、今度は激しい勢いで開いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ