総司はとわに
幕末の動乱期にあって新選組の中核を担った沖田総司。
彼の人生は満たされたものであったと信じたい。
衆道? もちろん知ってますよ。江戸にだって湯島や芳町に陰間茶屋がありましたから。隊士の中には宮川町に通っている人もいましたよ。でも、そんなんじゃないんです、私と近藤先生や土方さんとは。そうだなあ、言うなれば親兄弟への思慕に近いのかな。
私は幼い頃に両親とも亡くして姉夫婦に育てられましたから、父も母も顔は覚えてないんです。それに男兄弟もいなかったから、年の近い男の人があまり身近にいなかったんですね。そこへきて試衛館へ内弟子に出されたでしょ。だから近藤先生は父代わり、土方さんは兄代わり、ってところかな。もっとも土方さんは悪さばかりしてたから見習うべき兄貴分ではなかったですけど。でも男気だけはあって、筋の通らない事で苛められてる子があったりすると、代わりに殴り込んでいったり。滅多に負けなかったなあ。強かったんです、その頃から。喧嘩は実践での勝利あるのみ、とか言って自己流だったから型は滅茶苦茶ですけどね。
土方さんは顔が良くて女性にもてたから、しょっちゅう浮き名は流してました。でも男同士で、って話は一度も聞かなかったな。ほら、あの人は筋金入りの助六だから。京に上ってから遊女にもらった大量の付け文を多摩に送りつけたらしいし。いかにもらしいでしょ。内心嬉しがってるくせに、渋い顔してるんだから。それで郷里にはもて自慢。まったく嫌になっちゃいますよね。でもそこが可愛いんです。可愛いなんて本人に聞かれたらどやされますけどね。
あ、そういえば土方さんに小姓がいましたね。市村鉄之助くんと田村銀之助くん。どちらも可愛らしい子です。でもあの人の事です、女の方がいいに決まってらあ、とかなんとか、別にそんな関係ではなかったと思いますよ。あ、でも土方さんって意外と武士道にこだわってて、隊服にも忠臣蔵の討ち入り衣装を取り入れたくらいでしたね。討ち入り衣装って言っても、あれ、四十七士が実際に着た訳じゃないですよ。歌舞伎でそういう見た目が派手なのにしただけだそうです。
と、話がそれましたね。とにかく土方さんは武士道にこだわってて、家の庭にも矢竹を植えたんです。だから、もしかしたら武士のならい、とか言ってたのかも。分からないですよ、私は。見た目には全然分からなかったな。
でもいいなあ、土方さんと一緒に戦えて。私はこんな有り様だから、もう剣も満足に握れないんです。刀ってこんなに重かったっけ、って。猫一匹斬れないんじゃ、戦場に行ってもろくに働けないのは分かってるんですけどね。
ああでも試衛館で馬鹿話しながら剣に打ち込んで、清河さんの浪士隊に参加して京に上って、おいしい京菓子を食べられて、近藤先生や土方さん、井上の源さん、永倉さんや原田さん、斉藤さん、油小路で亡くなった藤堂くん、切腹した山南さんたちと一緒に駆け抜けて、あ、芹沢先生もちょっとかわいそうだったけど根はいい人だったなあ。こうしてみると、私の人生、そう悪くはなかったと思う。いい人たちに囲まれて、つらい事もみんなで乗り越えて、公方様や帝の御為にせいいっぱい働いて。うん、いい人生だったよ。ねえ、ばあさん。
あ、近藤先生が呼んでる。山南さん、藤堂くん、源さん、芹沢先生まで。芹沢先生、またお酒ですか。あれほど飲み過ぎちゃだめです、って言ったのに。近藤先生、取り上げてきました。お一ついかがですか。
じゃあまたいつか続きをお話ししますね。さようなら。
(了)
新選組の歴史および沖田総司についてご存知ではない方は是非調べてみて下さい。
この作品の意味がより良く分かるものと思われます。




