社交界の華は置かれた場所で咲く ~私を鉱山送りにしたことを後悔してください~
ガタゴトと揺れる粗末な馬車の荷台で、私は大きな揺れで頭を強打し、衝撃とともにすべてを思い出した。
――え、ここ、乙女ゲーム『聖女の祈りと黒の騎士』の世界?
自分の体を見下ろせば、泥とほこりにまみれたボロボロのドレス。記憶を探れば、私は聖女であるヒロインをいじめて婚約破棄された、悪役令嬢・ロゼリアだった。
自分で言うのもなんだが、美貌と家柄を兼ね備え、社交界の華とまで呼ばれていた公爵令嬢だ。
けれど、聖女であるヒロインの殺害計画をしたという疑いで罪に問われ、王子から婚約を破棄された挙げ句、辺境の鉱山へ追放された定番の悪役令嬢だった。
言うまでもなく、公爵家は私一人を切ることに決め、あっさりと見捨てられた。
そこまではいいわ。いえ、色々よくはないけれど、この際今はいい。
私の他に荷台に乗せられているのは、見るからに強面の荒くれ者や、鋭い目つきをした者ばかり。馬車の外を守る兵士たちの装備も物々しい。
「……あの、すいません」
私は隣に座る、顔に大きな傷のある大男に恐る恐る声をかけた。
大男は「あぁ?」と地鳴りのような声をあげる。
「この馬車って、どこに向かってるんでしょうか? 修道院、ですよね」
罪を犯した貴族の令嬢が送られるのは、普通は静かな田舎の修道院。私の問いに、大男は信じられないものを見るような目を向けた後、クククと喉を鳴らして笑い出した。
「ハッ、修道院だと? 俺が修道院に入る人相に見えるのか? お嬢ちゃん、寝ぼけちゃいけない。この馬車が向かってるのはな、一度入ったら二度と生きては出られないって悪名高い『ガイアズ魔鉱山』だよ。要するに監獄だな」
「……はい?」
「この馬車にいるってことは、お嬢ちゃんも、大罪を犯したんだろう。なのに修道院で『お祈り』して許してもらえると思ってたのか? これからは死ぬまで監獄の奥底で魔石を掘り続けるんだよ」
男の言葉に、私はサーッと血の気が引いていくのを感じた。
修道院じゃないの?
優雅にハーブを育てたり、刺繍をしたりして、たまに訪れるイケメンと一悶着あるような、そんなぬるい追放イベントではない。
強制労働、鉱山送り。嘘でしょ……。ゲームのシナリオだと、『追放』って一言で片付けられてたけど……まさかその実態がこれ?
お国側からすれば、お祈りでぬくぬく反省させるより、貴重な魔鉱石を掘り出す労働力として使い潰した方がよっぽど合理的というわけかしら。
「リアルな中世暗黒設定をここで発揮しないでほしいわ……」
頭を抱える私を乗せて、馬車は無情にも、不気味に煙を上げる黒い山並みへと向かって進んでいく。
しかし、絶望しかけた私の脳裏に、ふと前世の記憶がもう一つ蘇った。前世の私は、重機メーカーに勤める、筋金入りの地質・鉱物オタクだったのだ。
……待って。『ガイアズ魔鉱山』ってことは、レア鉱石の宝庫ってことよね?
私は自分の指先に意識を集中させた。この世界には、誰もが使えるわけではないものの、体内の魔力を使って簡単な魔法を行使する技術がある。
私も貴族の娘として、幼い頃に基礎的な魔法を習っていた。もっとも、婚約者だった第二王子は聖女の力ばかりを重視していたため、私の魔法など誰も気に留めていなかったけれど。
その中に、対象の性質や魔力の特徴を読み取る「鑑定魔法」がある。
私は小さく呪文を唱え、鉱山を見た。
【輝魔石の原石】
魔力含有量:高
用途:魔力増強、魔導具、結界、魔導兵器の動力源
馬車が進むたび、輝魔石だけでなく、次々と魔石の情報が見える。
……これ、すごいお宝の山じゃない!
窓の外に見える絶望の鉱山が、急に未開拓のきらめく素材の山に見えてきた。
あの地層の傾き、岩肌に露出した鉱脈、そして立ち上る煙。調べたいことが次々と頭に浮かび、気づけば口元が緩んでいた。
「おい、お嬢ちゃん、怖気づいて頭がおかしくなったか?」
不安そうに見てくる隣の大男に、私はにやりと、悪役令嬢らしい不敵な笑みを返した。
降り立ったガイアズ魔鉱山は、想像以上にひどい場所だった。
坑道は崩れかけ、換気設備は不十分。採掘道具は古く、作業員たちは疲れ切っている。
囚人たちは看守を恐れ、看守たちも事故を恐れて苛立っていた。
「お嬢ちゃんに何ができるってんだ?」
顔に傷のある大男は、ゴードンと言う名前だった。
口が悪い割には、私の話にも馬車の中、最後まで付き合ってくれた。つい身の上話までしてしまったわ。
案外いい人なのかもしれない。話をした限りでは大きな罪を犯したようには思えない。
「貴族のお遊び気分はやめるんだな。すぐ泣き出すぞ」
「悪役令嬢を甘く見ないでほしいわ」
私は、岩壁を観察した。鉱脈の走り方、岩盤の割れ目、地層の傾斜。前世で学んだ知識を総動員し、さらに鑑定魔法を使えばどこを掘るべきかは見当がつく。
「ここを掘るわ。力任せに砕かないで、割れ目に沿って少しずつ崩したいから手伝って」
「こんなところに何があるってんだ」
「いいから早く」
そんなことを言いながらもゴードンは手伝ってくれる。やっぱりいい人なのではないかしら。
半信半疑のゴードンが岩を砕くと、奥から巨大な青白い結晶が姿を現した。
「う、嘘だろ……!」
「ふふふ、高純度の輝魔石よ。しかも! まだ奥に続いているわ!!」
その日、私たちの班は、ほかの班の何倍もの魔鉱石を掘り当てた。
翌日には別の坑道の採掘方法を見直し、無駄な作業を減らした。三日後には鉱石の仕分け方法を改善し、価値の低い石を大量に運ぶ手間まで省いた。
「お嬢ちゃん、次はどこを掘ればいい?」
ゴードンが、いつの間にか私の指示を待つようになっていた。
「お嬢ちゃんじゃなくて、ロゼリアよ」
「わかった、ロゼリア様!」
「様はいらないってば!」
こうして私は、鉱山で少しずつ仲間を増やしていった。
ただし、問題は山ほどある。崩れかけた坑道、粗末な道具、危険な作業環境、人手不足。鉱石の知識だけでは、どうにもならないことも多かった。
「まずは安全対策ね」
私は坑道の支柱を補強し、作業区域を区分けした。危険な場所には印をつけ、一定時間ごとに換気を行う。
「ここは監獄だぞ。そんなことをして、誰が得する?」
看守の一人が呆れたように言った。
「私が得するわ。働く人が死んだら、掘れる鉱石も減るでしょう?」
それは本音だったが、それだけではない。ここで働く人々にも、明日があってほしかった。
そんなある日、坑道の奥から地鳴りのような音が響いた。
「崩れるぞ!」
誰かの叫び声と同時に、天井から岩が落ちてくる。
「全員、出口へ! 走らないで、前の人を押さないで!」
私は声を張り上げた。
崩落の危険がある場所を把握していたおかげで、避難経路は確保できていた。しかし、一人の看守が足を挟まれ、動けなくなっている。
「くそっ、岩が重すぎる!」
ゴードンたちが岩をどかそうとするが、びくともしない。
「待って。支柱を使うわ。力をかける場所を変えて!」
私は近くの木材を組み、てこの原理で岩を持ち上げた。仲間たちが一斉に力を合わせ、囚人を引きずり出す。
全員が避難したことを確認してから、私は崩れた壁の奥を見た。そこには、古い石造りの通路が口を開けていた。
「もしかして、遺構かしら?」
周囲の地層とは明らかに違う。自然にできたものではない。。危険なのはわかっていた。それでも、調査せずにはいられない。
私はゴードンと数人の仲間を連れ、慎重に通路を進んだ。
最奥の部屋にあったのは、巨大な魔石に封じられた一人の騎士だった。
黒い鎧。黒い銀髪。整った顔立ち。
「これ……人間よね?」
鑑定魔法をかけると、脳裏に情報が浮かび上がった。
【対象:黒騎士】
【状態:魔石による封印】
【封印時期:数百年前】
【生命反応:微弱】
「生きているの!?」
私は思わず駆け寄った。
黒騎士を閉じ込めているのは、巨大な魔石だった。その表面には、複雑な魔法陣が刻まれている。
私は王太子の婚約者として、長年にわたり王太子妃教育を受けてきた。その一環で、王国の歴史や古代魔法についても学んでいる。魔石に対象を封じる術も、その解除方法も、講義で習ったことがあった。
魔法陣の構造を確かめると、やはり古代魔法の特徴が見て取れた。
そして、この黒騎士にも覚えがあった。
かつて王家直属の騎士団を率い、王国最強と謳われた黒騎士。謀反の罪を着せられて封印されたものの、後に無実が判明したと伝えられている。
しかし、封印された場所も、実行した人物も記録には残されていない。彼はそのまま歴史から姿を消したのだ。
王国の歴史を学ぶ中で、私はこの黒騎士の数奇な運命に興味を惹かれた。
まさか、伝説だと思っていた人物が、こんな場所で本当に封印されていたなんて!
胸の高鳴りを抑えながら、私は改めて魔法陣を見つめた。
解除方法は知っている。けれど、実際に試すのは初めてだ。
「ロゼリア様、危険だ!」
「わかってるわ。でも、生命反応が微弱なの。放っておけない」
魔力が集中する箇所を見つけ、指先から慎重に魔力を流し込む。魔法陣の一部が淡く光った。
「ねえ、だれか輝魔石持っていない? 魔力が足りないの」
「持っているこれで足りるか?」
「ええ十分よ」
私は石を握りしめ、魔力の流れを少しずつ調整していく。やがて、最後の魔法陣がひときわ強く輝いた。ピシリ、と音が響く。
巨大な魔石に亀裂が走り、砕けた欠片が床へと散らばった。
そして黒騎士が、ゆっくりと目を開けた。
「……ここは?」
「ガイアズ魔鉱山よ。あなた、魔石に封印されていたの」
彼は周囲を見回し、私を見つめた。
「……誰が、私を解放した?」
「私よ。あなた、何百年もここに閉じ込められていたの」
「……何百年?」
彼は初めて、心底困惑した顔をした。どうやら封印されていた時間は想像以上に長かったらしい。
「とりあえず、名前を教えてくれる?」
「カイルだ」
「カイルね。私はロゼリア。よろしく」
彼は私の手を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。
「命を救われた恩は返そう。私にできることなら、何でも言ってくれ」
私は満面の笑みを浮かべた。
「それなら、まずはこの魔石を運ぶのを手伝って!」
「……魔石?」
「ええ。出口まで。まだ調べたい場所があるの!」
「わかった」
こうして私は、最強の護衛兼、採掘仲間を手に入れたのだった。
カイルは、驚くほど有能だった。
重い岩を軽々と運び、危険な坑道では誰よりも早く異変を察知する。剣の腕も確かで、魔獣が現れた際には一瞬で撃退してしまった。
ただし、生活能力は壊滅的だった。
「カイル、食事は?」
「朝は食べた」
「昼はまだってことでしょう! もう夕方じゃない。何百年も封印されていたからって、食べなくていいわけじゃないのよ」
私はいつも彼に食事を用意し、着替えを渡し、寝床を整えた。
「ロゼリア、危険だから一人で奥へ行くな」
「でも、あそこに珍しい結晶があるのよ!」
「結晶より、君の安全が大事だ」
「結晶も大事よ!」
そんなやり取りを繰り返すうちに、彼は、黙って隣に立つようになった。
恩返しのつもりだったのだろう。
それでも、私が新しい採掘方法を思いつくたび、彼は嫌な顔をせずに真剣に話を聞いてくれた。失敗して落ち込んだときも、馬鹿にせず、次の方法を一緒に考えてくれた。
ある晩、作業を終えた私たちは、坑道の外で夜空を眺めていた。
「ロゼリア。君は、なぜそこまで働く?」
私は少し考えた。
「ここにいる人たちが、明日も生きていられるようにしたいの。それに、鉱山にはまだ知らないことがたくさんあるわ」
「そうか」
カイルは短く答えた。その声が、いつもより優しく聞こえた。
「君は強いな」
「強くなんてないわ。ただ、何もできないまま終わるのが嫌なの」
彼は何も言わず、私の肩に上着をかけてくれた。その手の温もりに、私は少しだけ頬が熱くなった。
カイルと仲間たちの協力を得て、私は鉱山の改革に取りかかった。一人一人に話を聞いていると私は別の問題にも気づき始めた。
この鉱山に送られてくるのは、本当に罪を犯した者ばかりなのだろうか。
どうにもここに来た経緯や罪が不自然なものばかりだった。王家の不正を指摘したために反逆罪を着せられた者、王族の命令に逆らったために財産を没収された者、失脚した貴族に仕えていたというだけで罪人にされた者……。
「俺は領地の税を不正に使っている役人を告発したんだ。そしたら、いつの間にか俺が横領犯にされていた」
「私は王家の命令で兵器を作れと言われたけど、危険すぎると断った。それだけで、反逆者扱いさ」
話を聞くたび、私は頭が痛くなった。
どうやら、この鉱山は王家に逆らった者を厄介払いするための場所でもあるらしい。
しかも、ここにいるのは無実の人々だけではなかった。優秀な技術者や職人、魔導具の研究者まで大勢いたのだ。
「ちょっと待って。あなた、魔導具の設計ができるの?」
「ああ。昔は王都の工房で働いていた」
「だったら、この運搬機の改良を手伝ってくれない? あなたの知識が必要なの!」
私が声をかけると、男は驚いた顔をした。
「……罪人の俺を、頼るのか?」
「ここにいる皆、罪人らしいわ。罪人かどうかと、技術者として優秀かどうかは別でしょう?」
その言葉に、彼はしばらく黙り込んだあと、ゆっくりと頷いた。
それぞれの能力を活かしてもらうことで、採掘設備は目に見えて進歩していった。
最初に作ったのは、魔鉱石の力で動く小型運搬機だった。魔力を流すと車輪が回り、重い鉱石を運んでくれる。次に、岩盤を砕く振動装置。さらに、危険な場所を遠隔操作で掘り進める魔導ゴーレムも開発した。
前世の知識と、この世界の魔法技術を組み合わせれば、できることは多い。
「これで運搬作業の負担が減るわ!」
「ロゼリア様、こいつはすごい!」
ゴードンたちは大喜びだった。
作業環境も改善した。休憩時間を設け、危険な作業には複数人で対応する。怪我人を治療する場所も整えた。
最初は私のやり方に懐疑的だった看守たちも、いつしか協力してくれるようになった。
「ロゼリア様、こっちの坑道は支柱を増やしたほうがよさそうです」
「ありがとう。すぐに技術者の人たちと確認するわ」
かつては囚人を見張るだけだった看守たちが、今では鉱山を支える一員になっていた。
やがて生産量は大幅に増え、事故は減り、囚人たちの顔にも笑顔が戻ってきた。
「ここ、本当に監獄なのか?」
新しく送られてきた囚人が、呆然とつぶやいた。
「働けば食事も出るし、怪我をすれば治療も受けられる。技術があれば仕事も任せてもらえるぞ」
ゴードンが胸を張った。
「ロゼリア様は、俺たちを使い潰すつもりなんかねえんだ」
「様はいらないって言ってるでしょう!」
私が声を上げても、誰も聞いてくれない。
そんなある日、私は採掘した輝魔石の山を眺めながら、ふと思いついた。
「ねえ、これだけの輝魔石が採れるなら、隣国に売ることもできるんじゃない?」
その場にいた皆が、顔を見合わせた。
「隣国に、ですか? でも、鉱山で採れた魔石はすべて王家に納める決まりです」
「納めたところで、市場にも出回らないわ」
採れた輝魔石はすべて王家の所有物として回収され、ほぼ王宮でのみ使われる。
「王家に納めたところで、私たちの暮らしがよくなるわけでもない。鉱石を必要としている人々に届けたほうが、よほど有意義だと思わない?」
「しかし、王家の許可なしに売れば……」
「ここにいる人たちは、王家の都合で罪人にされた人ばかりよ。今更罪が増えたところでね。ばれたら、看守の皆は私たちに脅されていたことにすればいいわ」
私は輝魔石を一つ手に取った。
「王家の言いなりになって、これからも成果を差し出し続ける必要があるのかしら? 私たちが危険を引き受けて採掘したものよ。せめて、その価値を正しく認めてくれる相手と取引したいわ」
カイルが隣で静かに頷いた。
「隣国との取引が成立すれば、食料や資材も安定して手に入る。ここで働く者たちの生活も守れるだろう」
「そういうこと。もちろん、相手の信用や取引条件は慎重に調べる必要があるけれど、隣国には伝手があるの。任せて」
私が笑みを浮かべると、それまで黙って話を聞いていた看守の一人が、一歩前に出た。
「でしたら、私に隣国へ行かせてください」
彼は、私が鉱山に来たばかりの頃、崩落事故から命を救った看守だった。
「私なら、ここを自由に出入りできます。密かに隣国へ向かうことも、書状を届けることも可能です。必要な書類があれば、私が持っていきます」
「でも、あなたに危険が及ぶかもしれないわ」
「構いません。罪に問われたとしても、私が責任を負います」
彼は迷いなく答えた。
「そもそも、私たちがここにいること自体、不当なものですから」
看守たちもまた、決して平凡な人生を送ってきた者ばかりではなかった。
元騎士だった者、王宮で要職を務めていた者、優れた剣の腕や知識を持ち、将来を嘱望されていた者。彼らもまた、王家や権力者の都合で失脚し、行き場を失った末に、この鉱山の看守にさせられたのだという。
囚人だけではない。看守たちもまた、理不尽な仕打ちを受けてここへ流れ着いた人々だったのだ。
「だからこそ、ロゼリア様がここを変えようとしている姿を見て、協力したいと思ったのです」
彼は少し照れたように笑った。
「ここで働く者たちが、もう誰かの都合で使い潰されないように。私たちも、そのために力を貸したいのです」
「ありがとう。では、お願いできるかしら」
「お任せください」
◇
「以前、王都で騎士をしていた頃の知人から聞いた話ですが……」
隣国との取引が軌道に乗った頃、看守の一人が王宮の様子を教えてくれた。彼の話によると、王都では王子と聖女が、華やかな暮らしを送っているらしい。
けれど、その一方で、王宮の内情は決して安泰ではなかった。
結界の維持に必要な魔鉱石が不足し、魔導兵器の稼働にも支障が出始めている。
「鉱山の管理さえきちんとしていれば、不足するはずがない! 誰が怠けているんだ」
鉱山の管理は王子の仕事の一部だというのに、報告を受けた王子は、そう言って苛立ったという。
それでも調査に向かおうとしないらしい。
「……ずいぶんと呑気なのね」
「ええ。ですが、供給不足がさらに深刻になれば、さすがに無視できなくなるでしょう」
そして案の定、数日後、王都から一通の書状が届いた。これまで以上に採掘作業に従事せよと記されていた。
さらに、命令に従わなければ反逆罪として討伐軍を派遣する、とまで書かれている。
私は書状を最後まで読み、静かに机へ置いた。
「……何様のつもりなのかしら。王家は成果だけを奪い、再び私たちを従わせようとしている」
私は顔を上げ、集まった仲間たちを見渡した。
「みんな。私たちは、これからどうするべきだと思う?」
誰もすぐには答えなかった。けれど、やがてカイルが静かに口を開いた。
「君が決めればいい。俺たちは、君とともにある」
その言葉に、看守も、技術者も、ゴードンたちも頷いた。
「ありがとう。なら、決めたわ。独立しましょう。ここに独立国を作るわ!」
ここは、私たちが築き上げた場所なのだから。
「私たちが作り直した場所よ。ここで暮らす人たちの未来を、誰にも勝手に決めさせない」
皆は力強く頷いた。
その夜、カイルは私に小さな箱を差し出した。
中に入っていたのは、深い青色の魔宝石だった。余計な装飾はなく、石そのものの美しさが際立つように磨かれている。
「カイルが掘ったの?」
「ああ。自分で磨いた。君が鉱石を見つけたとき、いつも嬉しそうに笑うから。君に似合う石を贈りたかった」
私は宝石を手に取った。その輝きは、坑道の奥で見つけたどの結晶よりも美しく思えた。
「ロゼリア。俺は、君と生きていきたい」
カイルは私の前に膝をついた。
「君が作りたい未来を、隣で一緒に作らせてほしい。俺と結婚してくれないか」
「……はい! 喜んで」
私が答えると、カイルは安堵したように笑った。
数日後、王都から派遣された騎士団が鉱山へ到着した。彼らは最新鋭の魔導鎧をまとい、王家の旗を掲げていた。
「王命により、鉱山の管理権を回収する。独立国など認めない! 抵抗する者は反逆者として拘束する!」
指揮官の声が響く。
私は採掘場の前に立った。
「お断りします。ここは、私たちが管理しています」
「罪人風情が、王命に逆らうというのか!」
「囚人だからといって、何をされても黙っている必要はないでしょう?」
私の合図で、魔導ゴーレムが動き出した。
巨大な採掘機が岩壁を砕き、運搬用の重機が騎士団の進路を塞ぐ。攻撃用に改造した振動装置が地面を揺らし、騎士たちの隊列を崩した。
「な、何だこれは!?」
「鉱山の設備よ。使い方を少し変えただけ」
もちろん、無差別に命を奪うつもりはない。
私たちの目的は、鉱山を奪われないこと。地形を利用して進路を塞ぎ、武器を持つ手を狙い、できるだけ負傷者を出さずに制圧する。
そこへ、黒い鎧をまとったカイルが進み出た。彼は騎士団の前に立ち、相手の攻撃を受け流し、次々と武器を弾き落としていった。圧倒的な力だったが、必要以上に傷つけることはなかった。
やがて騎士団は武器を捨て、降伏した。
これで終わりではない。王都には、まだ決着をつけなければならない相手がいる。
数日後、王子と聖女が新たな騎士を引き連れ、鉱山へ乗り込んできた。
「ロゼリア! よくも命に逆らったな!」
王子は私を見るなり怒鳴った。
「お前は罪人だ。鉱山を私物化するなど許されない!」
私は首を傾げた。
「私が来てから鉱山の生産量が増えたことも、事故が減ったことも、ご存じでないのかしら?」
「そんなことはどうでもいい! 大きな事故があっても聖女の力があれば、問題などない。お前のような女に頼る必要はない!」
私は聖女に視線を向けた。
「それなら、ひとつ確かめさせてください」
私は鑑定をし。聖女の身体から流れる魔力を詳しく調べる。表示された結果を見て、私は確信した。
「聖女様、あなたの力は、聖なる力ではありませんね」
「なっ……何を言っているの!?」
「他人の魔力を吸い取り、自分の力に変換している。これは聖女の祝福ではなく、吸魔の呪いです」
鑑定は、彼女の力の正体を明確に示していた。
「そんなはずはない! 彼女は聖女だ!」
王子は叫んだ。
「あなたは、私を陥れたときも同じでしたね。事実を確かめず、自分が信じたいものを信じた」
私は王子を見つめた。
「私が聖女を害したという証拠は、どこにもありません。あなたは彼女の言葉だけを信じ、私を追放した。その結果、国に必要な鉱山の権利まで失ったのです」
そのとき、捕らえていた騎士団の中から数人が前へ出た。彼らは王子の命令に従ってきたものの、聖女の力に不審を抱き、独自に調査を進めていたのだ。
「王子殿下。これ以上は見過ごせません。聖女の力に関する報告も、ロゼリア嬢への処分の経緯も、王宮で正式に調査する必要があります」
「貴様ら、誰に向かって……!」
「国を守ることが騎士の務めです」
聖女は取り乱して逃げようとしたが、すぐに拘束された。王子もまた、職務上の重大な過失と不正への関与を問われ、身柄を確保された。
こうして、私に着せられた罪は晴らされることになった。
王都での調査が終わると、国王陛下から正式な謝罪があった。さすがに独立国は認められなかったが、私の領地となった。公爵家からの使いは何度も来たが無視をした。
そして、王子と偽聖女には、それぞれ相応の裁きが下された。
鉱山では、今日も魔導重機が動いている。
「ロゼリア様、次の採掘区域の準備ができました!」
「ありがとう! すぐに確認するわ!」
作業着に着替え、私はツルハシを肩に担いだ。輝魔石のおかげでツルハシなど軽々だ。
もう、かつてのように着飾って社交界に出る必要はない。泥がついても、髪が乱れても、誰かにどう見られるかを気にしなくていい。
「ロゼリア、また一人で先に行くつもりか?」
後ろからカイルの声がした。
「だって、あの岩壁の向こうに珍しい鉱脈がありそうなの!」
「わかった。俺も行く」
彼は苦笑しながら、私の隣に立った。
「ただし、危険な場所では必ず俺を呼んでくれ」
「もちろんよ」
「本当だな?」
「……努力するわ」
「ロゼリア」
「わかったわよ!」
私が笑うと、カイルも笑った。
彼は今や、私の婚約者であり、鉱山の安全を守る頼もしい相棒だ。追放されたからこそ、私は自分の本当に好きなものを見つけた。そして、誰よりも信頼できる人と出会えた。
これは、サイドストーリーになるのかしら? あら、そう言えば『聖女の祈りと黒の騎士』の黒の騎士って……。まあ、いいわ。
「さあ、今日も掘るわよ!」
私はツルハシを掲げ、仲間たちとともに坑道へ向かった。この鉱山には、まだ誰も見たことのない石が眠っている。
そして私の未来にも、きっとたくさんの輝きが待っている。
悪役令嬢ロゼリアの鉱山開拓は、これからも終わらないのだから。
END
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