当て馬なんかにさせません!~転生姉は、当て馬になる運命の弟を最強の紳士に育て上げる
朝の木漏れ人が差す稽古場に、硬質な金属音が響き渡っていた。
「甘いぞ、ルチア! 足腰の軸がぶれている!」
頭上から降ってきたのは、雷鳴のような父・ガゼル辺境伯の声だった。熊のような巨躯を揺らし、大剣を一振りするだけで周囲の空気が震える。
ルチア・ヴァルハイトは汗を拭い、木剣を握り直した。ルチア自身、幼少期から血のにじむような鍛錬を積んできた生粋の武闘派だ。母のエルザは魔獣を百体討伐したという伝説の長柄武器を軽々と振り回し、二歳上の兄・アルフレッドは魔物討伐の最前線で「辺境の若き鬼神」と恐れられている。
武を重んじるヴァルハイト辺境伯家。それがルチアの生まれ育った家系だった。
「行くぞ、ルチア!」
「はいっ!」
踏み込み、鋭い一撃を繰り出すルチア。しかし、父の容赦のない打ち払いを受け、バランスを崩して後頭部から派手に地面へと転倒した。
――ドカッ!
脳震盪を起こすほどの強烈な衝撃が駆け抜けた瞬間、ルチアの頭の中に「見知らぬ記憶」が奔流となって溢れ出した。
満員電車、ビル群、そして前世で読んでいたWeb小説『聖女と光の誓い』。
(私、前世で日本人だった……? そしてここは、あの小説の世界……!?)
激しい頭痛とともに視界がクリアになっていく。ルチアが青ざめていると、稽古場の隅からてとてとと小さな足音が近づいてきた。
「ねえさま! だいじょうぶ……?」
不安そうに目を潤ませ、服の裾をぎゅっと掴んできたのは、三歳になったばかりの弟、テオドールだった。ふわふわの金髪に、大きな琥珀色の瞳。天使以外の何者でもない愛らしさだ。
しかし、その愛くるしい顔を見た瞬間、前世の記憶が恐ろしい事実を思い出させた。
テオドール・ヴァルハイト。彼は作品のなかで――『ヒロインに振られ、嫉妬に狂った末に没落していく当て馬』だった。
学園編でヒロインにつきまとった挙句、メイン攻略対象である皇太子に完敗。最後はプライドを打ち砕かれ、主人公側の引き立て役(当て馬)として無残に退場していく未来が待っているのだ。
(こんなに天使みたいな弟が……当て馬!? 踏み台にされて破滅するですって……!?)
ルチアの胸の中に、激しい怒りと過保護な愛が渦巻いた。
原作のテオドールが歪んだのは、武闘派伯爵家の脳筋温室育ちによる過度な自尊心と、礼儀作法の欠如、そしてあざとい女に騙される単純さが原因だ。
「本日より、テオドールの教育はすべて私が仕切ります。お父様も兄様も、テオに変な脳筋思考を吹き込ませませんから!」
「の、脳筋……!?」
「お、俺たちがか!?」
驚愕する父と兄を置き去りにし、ルチアは抱きしめたテオドールの頬にすり寄った。
(絶対にさせない。圧倒的な実力と完璧な紳士の作法、そして『あざとい女を見抜く鑑識眼』を叩き込んで、誰からも愛される最強の紳士に育て上げてみせるわ!)
こうして、過保護な最強姉による『テオドール・脱・当て馬化プロジェクト』が幕を開けた。
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――それから、10年の月日が流れた。
アルドリア帝国の「帝国至高魔導士官学校」。
新入生が立ち並ぶ豪華絢爛な大講堂で、ひと際周囲の視線を集めている少年がいた。
「おい、見ろよ……あの新入生」
「ヴァルハイト辺境伯家のテオドール様よ……!」
「なんて優雅なお姿……。武闘派のおうちなのに、まるでおとぎ話の王子様みたい……」
13歳となったテオドールは、完璧な「無敵紳士」へと成長を遂げていた。
柔らかな金髪に、深く澄んだ琥珀色の瞳。落とし物を届けにきた下級貴族の令嬢にも優雅に一礼し、完璧な微笑みで対応する。周囲の女子生徒たちが歓声をあげ、男子生徒すらも感服していた。
しかし、当のテオドールが心の中で考えているのはただひとつ。
(よし……! 立ち振る舞い、角度、言葉遣い、すべてお姉様の教え通り! 『可哀想な私を演じて頼ってくる女は9割が企み持ち』……お姉様の言った通りの完璧な紳士として、学園生活をスタートさせましたよ!)
しっかり腹黒なシスコンに育ったテオドール。
一方、大講堂の2階関係者席。
新入生たちを見下ろす一人の美貌の騎士がいた。20歳となったルチアだ。彼女は現在、帝国騎士団の副団長にして、この士官学校の「特別剣術指南役」となっていた。すべては弟の学園生活を一番近くで監視し、守る(物理)ためである。
隣には、原作のメイン攻略対象であり、本来ならテオドールを叩きのめすはずだった第一皇太子・アレンが立っていた。
「ルチア副団長。あの新入生……君の弟君か? ヴァルハイトにしては少々大人しすぎるのではないか?」
アレンの挑発的な(そう見えているのはルチアだけ)笑みに対し、ルチアは冷ややかな、しかし極上の微笑みを返した。
「鷹は爪を隠すものと申します。……殿下、本日の新入生歓迎の模範演武で、我が弟と一戦交えてみられますか?」
そして行われた、公開演武。
「手加減せず、いつでも来てください」と余裕を見せるアレン皇太子に対し、テオドールは爽やかに微笑むと、低く構えた。
その瞬間――。
――ズドンッ!!!!
鋭い風切り音とともにテオドールの姿が消え、アレン皇太子が反応するより早く、その首元にピタリと木剣の先が突きつけられていた。一切の無駄がない、音速を超えた一撃。
「……参りました、殿下。僕の不徳の致すところ、少し踏み込みが強すぎてしまいましたね。お怪我はありませんか?」
即座に木剣を引くと、完璧な紳士の礼をし、呆然とするアレンの手を優しく握りしめるテオドール。圧倒的な武力を示しながらも相手のプライドを立て、周囲に「謙虚で素晴らしい紳士」と強く印象づける――これぞルチアが叩き込んだ『完全勝利』であった。
2階席でそれを見ていたルチアは、扇子で口元を隠しながら勝ち誇った笑みを浮かべた。
(見たかしら、原作の運命! テオはもう、誰の引き立て役にもならないわ!)
かくして、当て馬になるはずだった弟は「学園史上最強の完璧紳士」となり、過保護すぎる姉の運命改変計画は大成功を収めたのだった。
……しかし、ルチアはまだ知らなかった。
このあと入学してくる「原作ヒロイン」が、完璧すぎるテオドールではなく、なぜか「凄まじく強くてカッコいいルチア様」に一目惚れしてしまうということ。そして、魅惑の女騎士ルチアは第一皇太子であるアレンにも溺愛され、ヒロインとヒーローがルチアを取り合う新たなる大混乱の運命が待ち受けていることを――。




