[MCPTEST-narou-20260421-2200] 星屑の魔導書
忘れられた塔の最上階に、少年がたどり着いたのは、星の降る夜のことだった。
ロイ・アスフィラは、師から聞かされていた。「星屑の塔」には、最後の魔導書が眠っていると。三年前の冬、父と母と、村のほとんどを奪った疫病を癒やせる魔法が――もしかしたら――あるかもしれないと。
埃にまみれた螺旋階段を駆け上がり、十七になったばかりの魔道士見習いは、錆びた扉を押し開けた。真円の窓から、数えきれぬほどの星が、まるで部屋の中へ吸い込まれていくように降り注いでいた。その光の中心で、表紙を持たぬ分厚い書物が、ゆっくりと宙に浮かんでいる。
ロイは息をのんだ。
おそるおそる手を伸ばす。ページは独りでに開き、銀色の文字が、闇に溶けるような声で語りかけてきた。
「おまえが望むものを言え。代わりに――星をひとつ差し出すならば」
少年は叫んだ。
「人々を救う魔法を、ください」
書物は、しずかに答えた。
「星を一つ。おまえの胸の内で、もっとも愛おしく輝いている、記憶を」
ロイの胸に、母の笑顔が浮かんだ。畑の麦を揺らす風のにおい。夕餉の匙を握る、父の大きな手。背を撫でる、祖母の痩せた指。失われた、光たち。
指先が冷たくなる。涙が、こぼれた。
それでも、少年は、うなずいた。
「差し出します。だから、どうか――」
書物が、ひときわ強く光った。星屑が部屋を満たし、ロイの胸から、何かが、そっと、抜け出ていくのを感じた。母の顔が、少しずつ、霞んでいく。輪郭が、色が、声が、遠くなっていく。
目を開けると、塔は、明け方のやわらかな光に包まれていた。手の中には、一枚の古ぼけた羊皮紙。古代語で記された、癒しの魔法。
村への帰り道、ロイは、何度か立ち止まって空を見上げた。もう星は、見えなかった。
そして――母の顔も、もう、思い出せなかった。
代わりに、胸のどこかに、ひとつ、ちいさな星が、しずかに輝いている気がした。
それは、少年が引き換えに得た、新しい記憶の星だった。




