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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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掲示板の異変と、止まらない足

【掲示板の異変と、止まらない足】


 ギルドが動いた——といっても、最低限だ。


 第5階東側の進入制限。銀ランクの巡回依頼。掲示板に警告が貼られた。

 それだけ。

 原因の調査は「検討中」。対策は「銀ランク以上の討伐隊を編成予定」。予定は未定。予算の承認が必要で、ギルド本部の判断待ち。

 組織は、いつもこうだ。


 灰角獣は、まだ第5階にいる。あたしが目撃して、データを取って、撤退した——あの灰角獣。

 次に出会った時は逃げない、と決めた。でも、指輪が揺らいだ事実は消えない。右手に魔力を集中させた瞬間、制御の外で膨張し始めたあの感覚。あれが戦闘中に起きたら——。

 考えても仕方がない。データを積む。今できることをやる。


 あたしは掲示板の前で、シオンの手帳と自分のメモを突き合わせていた。


「シオン。この1週間で、新しい種類の依頼が何件出た?」

「えっと——5件です。近郊の村からの『緊急護衛要請』が2件。討伐依頼が通常の3倍。それと、初めて見るやつが1件——『魔物避難指導』。村人を安全な場所に移動させる依頼です」

「避難指導——」


 避難指導の依頼が掲示板に出ている。村から人を逃がす依頼だ。

 半年前なら、ありえなかった。


「報酬は」

「4000レイド。3日間の拘束です」

「去年の同じ時期に、同種の依頼は」

「ゼロです。僕が記録を始めてからも初めてです」


 シオンの手帳には5ヶ月分のデータがある。毎日の掲示板をコツコツ記録した、手書きの経済指標。数字は苦手だと言っていたが、記録の継続力は数字の才能以上に価値がある。


「護衛依頼の報酬も上がってる。今月の相場——」

「1800レイド。先月が1500。2ヶ月前が1200」

「増加率が月次25パーセント。あたしの魔物出現データの加速カーブと一致する」


 シオンが手帳を見つめた。


「僕のメモが——こういう風に使えるんですね」

「あなたのメモがなければ、経済面からの裏付けが取れない。ギルドのデータは非公開だから。掲示板の変化を追える人間は、毎日見ているあなたしかいない」


 シオンが少し照れたように笑った。あたしは掲示板に目を戻した。

 新しい護衛依頼が1枚、貼られている。


「——シオン。これ」


 あたしが指差したのは、見慣れた書式の依頼書だった。

 トルテッドの村への物資運搬護衛。依頼主:シオン=サルヴェイン。


「あ、はい。来週出発です。——出しておきました」


 6回目の護衛。

 あたしは依頼書を見た。報酬欄——1500レイド。前回の1000レイドから引き上げている。


「報酬、上げたの?」

「相場が上がってるので。イグリットさんに安い報酬で危険な道を歩いてもらうのは——申し訳ないですから」


 相場を理解した上で、適正価格を設定している。商人としての判断力も育っている。

 でも、あたしにとっては1000レイドでも1500レイドでも、この依頼を受ける理由は変わらない。

 計算の前に答えが出る。答えが先で、理由が後。あたしの思考回路とは逆だ。合理的な判断ではない——はずなのに、足が受付窓口に向かっている。

 この感覚が、もう何度目か。


「……受ける」

「ありがとうございます」


 シオンが笑った。あたしは受付に依頼書を持っていった。


 受付嬢がいつもの笑顔で処理してくれた。「お気をつけて」。いつもの言葉。でも今回は少しだけ、声に力が入っている気がした。

 彼女も掲示板を毎日見ている。街道が危なくなっていることを、知っている。


毎日更新継続中。明日も同時刻に。


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