第2話 アブラムシ
――ああ、そういうことか。
僕は今、植物なのだ。
下方の土は柔らかく湿っている。渇きで死ぬことはないだろう。
しかし、飢えは? 植物に空腹はないが、別の欠乏はあり得る。
驚くほど心は静かだった。
大脳も、鼓動もない。焦燥を感じさせる器官が、そもそもない。
――離苦得楽。悪くないかもしれない。
だが、身体がないのに、どうやって考えているんだろう?
自問自答のうちに、時間は流れる。
やがて夜が明け、地平線から朝の光が差す。二つ目の有明の月、昇る光に隠れていった。
柔らかな陽が当たる。心地いい。
エネルギーが満ちていくのを感じる。これなら「飢え」はない。
視界の左上にステータスが浮かぶ。
再生の苗 Lv 1
HP 100 / 100 MP 20 / 20
さらに注視すると、細部が開いた。
腕力:2
魔力:5
敏捷:0
防御:2
幸運:3
『人間の魂から錬成された種子。悪魔メフィストによってケプラー452bに植えられた。』
自分の姿を観察する。
左右には、かつての腕の位置に相当する、みずみずしい双葉。
背後には黒焦げの倒木――おそらく落雷に打たれたのだろう。
その倒れで、僕の成長空間が拓けている。感謝した。
周囲は薄暗い密林で、物音はほとんどない。
人間に、また会いたいのだろうか?
いや、もう会えない。メフィストは宇宙を越えて、別の星に僕を連れてきたのだから。
――その時、傷つけられている「感覚」が走った。
視線を落とす。
アブラムシ Lv 1
HP 1 / 1 MP 0 / 0
緑色の、小さくて透けるような多汁質の虫。
ここは地球じゃないのに、なぜ地球の生き物が? 疑問が渦巻く。
そのアブラムシが、吸口のような口器を僕の幼茎に突き立てる。
再生の苗 Lv 1
HP 99 / 100 MP 20 / 20
僕の体液を吸っている――。
「こう思っただろう。ここは地球ではないのに、なぜアブラムシがいるのか、と。」
片目のメフィストは朝の光の中に現れた。彼は太陽を忌々しげににらみ、指を鳴らしてサングラスをかけた。
言葉にしなくても、彼は僕の疑問を感じ取っている。
「本当は、周囲が“森”だと気づいた時点で察してほしかったね。」
独り言のように続ける。
「収斂進化、ってやつだ。土、空気、水、そしてこの忌々しい太陽――光合成する生命がいれば、木に似たものが生えても不思議じゃない。」
彼はサングラスを少し下げ、アブラムシを指す。
「なら、植物の汁を吸って生きる小虫がいても、驚くには値しないだろう?」
たしかに、理屈は通っている。
小さなアブラムシ一匹――蚊に刺されたようなものだ。そう思って心を落ち着けた、その時。
「おっと、落ち着くのが早すぎる。アブラムシの繁殖速度、知ってるかい? やつら、単為生殖もできる。」
見ると、緑の小虫の尻から、もう一対の小さな触角が覗き――新たな個体が産まれようとしていた。
アブラムシ Lv 1
HP 1 / 1 MP 0 / 0
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