78話 社長に辞表を出すときが来る
――顔出し配信をすると決めた日
顔出し配信をすると決めた夜、
ジャックはすぐには配信準備に入らなかった。
カメラも、照明も、
既に揃っている。
技術的には、いつでも始められる。
それでも――
先に、やるべきことがあった。
翌日。
いつもの会社。
いつもの通路。
いつもの「お疲れさまです」。
けれど、胸ポケットに入った一枚の紙だけが、
今日が“いつも”ではないことを主張していた。
辞表。
書き直しは三回。
言葉は、必要最低限にした。
「……社長、少しお時間よろしいですか」
声は落ち着いていた。
自分でも驚くほど。
社長は、すぐに察した顔をした。
「来たか」
会議室。
二人きり。
ジャックは、椅子に座らず、
そのまま立ったまま頭を下げた。
「本日は、
こちらをお渡しに来ました」
辞表を、机に置く。
社長は手に取らない。
視線だけを落とす。
「理由は?」
短い問い。
「……顔出しでの配信を、
本格的にやろうと思っています」
社長の眉が、わずかに動く。
「それだけか?」
「それだけ、です」
嘘はない。
「会社の名前が出る可能性があります。
過去の経歴も、掘られるでしょう」
「もし炎上したら、
今の会社に迷惑がかかる」
言葉を選びながら、
それでも逃げずに言う。
「……それを、避けたいんです」
社長は、しばらく黙っていた。
そして、ため息を一つ。
「お前らしいな」
苦笑とも、呆れともつかない表情。
「逃げるための辞表じゃない。
守るため、か」
「はい」
「……投資の件も、
もう全部分かってる」
ジャックは、少し驚いた顔をする。
「知ってて、
黙ってたんですか」
「黙ってたんじゃない」
社長は、静かに言った。
「信じてた」
社長は、辞表をようやく手に取る。
すぐには破らない。
引き出しにも入れない。
「一つだけ、聞かせろ」
社長の視線が、真っ直ぐに来る。
「後悔は?」
ジャックは、即答した。
「ありません」
少し間を置いて、付け足す。
「……ただ、
ここで働けてよかったとは、
本当に思ってます」
社長は、短く笑った。
「なら、十分だ」
辞表は、受理された。
握手は、しない。
それが、二人の距離感だった。
扉を出る前、
社長が背中に言う。
「顔出し、やるなら」
「はい」
「中途半端は、許さんぞ」
ジャックは、振り返らずに答えた。
「そのつもりです」
その夜。
東京の部屋。
カメラの前に座る。
ライトをつける前、
一瞬だけ、影が揺れた。
(……見てるな)
ジャックは小さく笑う。
「大丈夫だ。
自分で選んだ」
そして、
“開始”ボタンを押す。
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