第8話 三歳児という仮面
三歳になった。
人はそれを「幼児」と呼ぶ。
だが、俺にとっては――制限付きの研究期間が一段階進んだだけだった。
夜明け前に目を覚まし、呼吸を整える。
魔力の流れを感じ、無理のない範囲で循環させる。
それを、毎日、欠かさず。
結果は数字に表れていた。
(……化け物級だな)
魔力量は、もはや屋敷付き魔術師を軽く凌駕している。
全力で放てば、周囲に悟られる。
だから使わない。
鍛錬は静かに、痕跡を残さず。
隠しきれない違和感
問題は、魔力だけではなかった。
「ジャック、これは何て書いてあるか分かるか?」
父フォニアジークが、書簡を差し出す。
「……税率と、境界線の修正案ですね」
沈黙。
母サリーシャが、ゆっくりと瞬きをする。
「三歳、よね……?」
言葉のやり取りは、もはや問題なく成立していた。
敬語も、言い回しも、相手に合わせて調整できる。
(まずいな)
才能は、隠そうとすればするほど、不自然になる。
記憶と理解
本を読む。
一度読めば、忘れない。
文字列ではなく、構造として記憶されるからだ。
歴史、地理、法、魔法理論。
覚えるのではない。
つながっていく。
「この子……教える必要がありませんわ」
家庭教師が、乾いた笑みを浮かべた。
誇らしさと、困惑が混じった表情。
(そりゃそうだ。教科書が遅い)
家族の距離感
兄ジルフォニアは、最初は楽しそうに話しかけてきた。
「ジャック、今日の稽古見に来るか?」
「行きます。動きの無駄を見たいので」
「……?」
ロンドフェストは、少し距離を取るようになった。
「弟、だよな……?」
その疑問は、責めではなく、恐れだった。
そして父は――
「ジャック」
低く、重い声。
「お前は、自分が“普通ではない”と理解しているな」
「はい」
即答した。
嘘は、通じない。
仮面を選ぶ
「才能は、武器にもなるし、枷にもなる」
父はそう言って、俺を見下ろした。
「お前は、どうしたい?」
答えは、もう決まっていた。
「使います。ただし――目立たぬように」
父は、短く息を吐き、わずかに笑った。
「……辺境伯家らしい答えだ」
三歳児の体。
だが中身は、すでに学者であり、研究者であり、策士だ。
この世界で生き抜くために必要なのは、力だけではない。
見せる力と、隠す力。
その両方を使い分けること。
俺は今日も、
三歳児という仮面を被り続ける。




