65話 配信開始から一ヶ月
配信を始めて、ひと月が経った。
ジャックは二十一歳になっていた。
戸籍も、口座も、仕事もある。社会の中では何の引っかかりもない「一人の大人」だ。
だが配信画面に映るのは、
少し落ち着いた声色の、壮年の男性だった。
それが問題になることはなかった。
ネットでは年齢も顔も、ただの設定にすぎない。
誰も本名を問わず、誰も戸籍を確認しない。
昼はいつも通り働き、
夜になると東京の部屋へ転移し、配信をつける。
コンビニの灯りが消え始める頃、
静かな部屋でマイクを入れる。
「こんばんは。今日も来てくれてありがとう」
同接は一桁。
コメントは数分に一つ流れるかどうか。
いわゆる過疎枠だった。
だが、ジャックはそれをまったく気にしていなかった。
焦りも、承認欲求も、もうここにはない。
未来を知っているからではない。
――「今度は、逃げない」と決めているからだ。
前世の自分は、
数字が伸びないことを理由に諦めた。
生活を理由に、
年齢を理由に、
誰かに見られていないことを理由に。
そして何も紡がずに、終わった。
だから今回は、逆だ。
誰も見ていなくても、続ける。
評価されなくても、積み重ねる。
静かな時間を、自分の手で編んでいく。
それが「生き直す」ということだと、
今ははっきり分かっていた。
配信を終え、マイクを切る。
部屋には静寂だけが残る。
それでも、どこか満ち足りていた。
――始まったばかりだ。
諦めた場所から、
今度は、自分の手で橋を架ける。
誰のためでもない。
数字のためでもない。
これは、
前世の続きを取り戻すための、
静かな一歩だった。
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