63話 小次郎の視点
森は、いつも通りだった。
音は流れ、
匂いは重なり、
人は、遠くで消える。
――だが、この夜は違った。
境に立つ者がいた。
踏み込むべきでない場所に、
恐れもなく、
誇りもなく。
剣の匂いはある。
だが、抜く気はない。
力を持つが、
誇示しない。
奇妙な人間だ。
私は姿を現す。
逃げぬか。
構えぬか。
どちらでもない。
膝をついた。
下に出たのではない。
高さを、揃えたのだ。
――理由は?
言葉は不要だった。
意識が触れる。
この者の内側には、
“空”がある。
物を呑み、
距離を殺し、
時間を止める空。
世界を越えた痕跡。
人の形をしているが、
境界に足を掛けた存在。
問う。
――越えるのか?
答えは、
迷いなく返る。
「越えている」
嘘の響きはない。
誇張もない。
事実だけが、
静かに置かれた。
一歩、近づく。
威嚇ではない。
選別だ。
この者は、
支配を望まない。
「無理なら、断っていい」
人が、
こちらに選択を渡す。
久しい。
私は伏せる。
従うためではない。
拒むためでもない。
考えるためだ。
この者となら、
森は狭くなるか。
それとも、
広がるか。
名を問われた。
本来、
名は持っている。
だが、それは
この森の内だけのもの。
境を越えるなら、
別の名が要る。
人は、
考えた。
軽い名ではない。
飾る名でもない。
呼ばれた。
「小次郎」
孤高。
主を持たず、
己の技で立つ者。
――悪くない。
耳が動く。
否定しない。
もう一度、
呼ばれる。
名は、
胸の奥に落ちた。
完全な契約ではない。
まだ、縛りはない。
だが、
道は繋がった。
人は去る。
振り返らない。
それがいい。
私は、
低く声を返す。
返事だ。
名を受け取った者として。
森は、
また音を取り戻す。
だが、
境界はもう、
以前と同じではない。
次に会う時、
この人間は
越える方法を持ってくる。
そういう匂いがした。
私は待つ。
名は――
小次郎。
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